深夜、厠へ行った帰り道。
さむいさむいと両手をすり合わせながら長屋の廊下を歩く。すーすーと寝巻きの隙間から入ってくる風がとても冷たくて思わず身震いしてしまう。
早く部屋に戻って布団に入ってぬくもりたい。そう考えると、自然と足早になる。すたすたと音を立てずに移動をしていた時だった。


「苗字さん」
「…?」


突然名前を呼ばれたので、誰に呼ばれたのだろうかとあたりをきょろきょろ見回すと、くのいち教室のすぐ向かいにあるグラウンドにしゃがみ込んでいる人影が見えた。よくよく目を凝らすと同い年の忍たま、浦風藤内くんがそこにいた。彼とは何度か喋ったことがあるのですぐに警戒を解き、それから声をかけた。


「浦風くん?」
「苗字さん、こっちこっち」

手招く浦風くんに近づくと、彼はある一点を指さす。彼と同じようにしゃがみ、彼の指さす方を見るとそこにはふきのとうが少しだけ頭を覗かせていた。


「ふきのとうだ!」
「冷たい土を押し上げて出てきたみたいだね、春が近づいてきたな」
「おばちゃんのふきのとうの天ぷらが食べれる季節になったんだな〜」
「苗字さんは花より団子だね」
「あら、失礼ね。私はお花も好きだよ!」
「あはは、そうなの?ごめんごめん」

浦風くんは私の言葉を軽く受け流し、それからふきのとうに目線を戻す。
あ、そういえば




「浦風くんはこんな夜中にくのいち教室の真ん前で何をしていたの?」
「痛い所を突くなぁ…、でもやましい理由なんてなにもないよ。俺はただ予習しに来ただけだから」
「予習?」


こんな夜中に、くのいち教室の前で予習?変な浦風君。
でも行き過ぎた自主トレ予習好きの浦風くんのことだから、こんな夜中にこんな場所で何かの予習をするって言われても不思議とそうなんだって受け入れることができる。
すると浦風くんが立ち上がったので、私もそれにつられて立ち上がる。


「そろそろ戻らないと。俺は忍装束だけど苗字さんは寝巻きだから風邪をひいてしまう」
「あ、うん…そうだね」
「ねえ、苗字さん。ふきのとうって恋待蕾とも呼ばれるらしいよ」
「…?」
「寒い時期に冷たい土を持ち上げてひょっこり顔を覗かせるふきのとうは、背伸びをして恋を夢見る蕾のようだから」
「浦風くん、ロマンチスト?」
「今は、そうなのかもしれない。…これ」
「?」

浦風くんは懐から小さな箱を取り出すと、私に押し付けた。
何だろうと思い箱を開いてみると、そこに入っていたのは薄紅色の簪。


「これは…?」
「本当は、それを明日君に渡すために予習をしに来ていたんだ。まあ、予習の意味はなくなっちゃったけど」


そう言うと浦風くんは照れくさそうに笑って、そして忍たま長屋のほうへ帰っていってしまった。
私は箱から簪を取り出し、そして月の光に照らす。ああ、お礼を言うのを忘れてしまっていた。…はやく春がこないかな。





20121010




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