通路を暫く進むと、小さな広場に出た。さすがに戦闘が続いていた為、そこで少しだけ休憩を挟むことになる。ダイアナが腰を下ろすと、その隣にアリサが腰かけた。彼女はポケットから桃色の包み紙を取り出すと、みんなに配り始める。

「なんの味?」
「チェリーよ、美味しいから食べてみて」
「ありがとうございます、アリサさん」
「ありがたくいただこう」

包み紙から飴を取り出し口に放りこむ。パウダーがついていたのだろう、舐めはじめてから少しだけ酸味を感じたが、すぐにとろけるような甘さが口いっぱいに広がる。


「うーんおいしい。ありがとうアリサ」
「どういたしまして。それにしてもダイアナ、さっきの事だけど貴女少し言い過ぎよ」
「だってあの子、人の事区別しすぎ。心配するにしても、もっと言い方考えればいいのにって感じ」
「確かにそうだけど」
「それにやりすぎなアリサに言われたくないなぁ。リィンって子、アリサを庇ってああなったっていうのに頬ぶっちゃうなんて、ひど〜い」
「そっ、それは今関係ないでしょ!」
「ま、まあまあアリサさん」


ダイアナがアリサをからかうと、先程の事を思い出してなのか頬を赤く染めながら声を荒げるアリサ。素直じゃないなぁと思いつつ口の中にある飴を噛み砕く。そのまま唇を舐めていると真横から視線を感じたので振り向くと、ラウラが真っ直ぐとダイアナを見ていた。


「なにさ」
「いや、今までの戦闘を見ていてダイアナの脚技は頼りになるが少々荒削りだと思ってな。何か武術を習っていたというわけではないのか?」
「ああそうだよ、これ独学の様なものだから」

独学というより、自然とこうなったという方が正しいのだがそこまで言う必要はないだろう。ダイアナはうーんと背伸びをして立ち上がった。
もう随分と歩いた。そろそろ出口にたどり着いても良いのではないか。そう思った時、重たく大きな音が周辺に響き渡る。


「な、何の音?」
「この先からだな、行こう」

ラウラが先行して通路を駆ける。奥からは発砲音や固い物がぶつかる鈍い音が聞こえてくる他に、低く鈍い咆哮も聞こえてきて隣を走るエマが眉根を寄せた。「急ぎましょう!」その言葉に頷き行き着いた先の部屋。まず見えたのは巨大な石像―――ダイアナは一瞬目を見張った。巨大なガーゴイルの石像が、独り手に動いている。その固い前足を振りあげ、深紅を吹き飛ばした。あれは、リィンだ。隣でアリサが息を呑むのが分かった。先程通路で別れた四人が応戦していたのだ。

吹き飛ばされたリィンに回復手段を持つエリオットが駆け寄り、その間にマキアスがショットガンでガーゴイルを攻撃するがあまり利いていない様子だ。よくよく見れば長槍を支えにガイウスが膝をついている。


「だ、駄目だ。さすがに歯が立たないぞ!」
「下がりなさい!」

アリサが弓を射るのを見たエマが続けざまにアーツをガーゴイルに向けて放った。奴の身体が傾いたと同時にラウラが駆け出しその身の丈ほどもある大剣を一振りし、巨大な石像が仰け反った。「ダイアナ!」ラウラに鋭くダイアナを呼ばれる前にダイアナは走り出していた。地面に倒れて蠢くその身体を強烈な蹴りで吹き飛ばすと、ガーゴイルは壁に激突する。

振り返ると、アリサたちの後ろに二つの陰。ダイアナがさっとその場を離れた瞬間に詠唱が響いた。

「ARCUS駆動、喰らえ――エアストライク!」

いつの間にか追いついていたユーシス・アルバレアの放ったアーツがガーゴイルに炸裂すると同時に小さい陰が飛び出した。
短いスカートを揺らして二丁銃剣を構える銀髪の少女は、旧校舎探索前に一人でふらりと先へ行ってしまった子だ。彼女は見事な身のこなしでガーゴイルの死角へ周り、素早く切りつける。今だ。全員の気持ちが一致し、全員で攻撃を仕掛ける。

攻撃の瞬間、ダイアナはここにいる全員が淡い光に包まれているように見えた。それが何なのかは分からなかったが、ひどく温かく、心地良く感じた。誰も何も指示をしていないのに、全員の息がピッタリと揃い次々とガーゴイルにダメージを与えていく。
一斉攻撃を受け体勢を崩したガーゴイルの首が、ラウラのとどめによって飛んでいくのを見ながら、ダイアナは小さく溜息をつく。まったく、入学早々面倒なオリエンテーリングだった。


「ふむ、気のせいか。皆の動きが手に取るように視えた気がしたが」
「多分、気のせいじゃないと思う」
「ああ。もしかしたらさっきのような力が―――」
「そう、ARCUSの真価ってワケね」

ラウラの言葉にリィンと銀髪の少女が答えた時だった。辺りに拍手が響き、サラ教官が現れる。ダイアナは少しだけ眉を寄せた。

「いやあ、やっぱり最後には友情とチームワークの勝利よね。うんうん、お姉さん感動しちゃったわ」

語尾にハートマークがつきそうな位上機嫌でこちらに向かってくるサラ教官に、皆が黙り込む。この教官の、いや、トールズ士官学院の目的は一体何なのだろうか。


「これにて入学式の特別オリエンテーリングは全て終了なんだけど――なによ君たち。もっと喜んでもいいんじゃない?」
「よ、喜べるわけないでしょう!」
「正直、疑問と不信感しか湧いてこないんですが」
「――単刀直入に問おう。特科クラスZ組、一体何を目的としているんだ?」
「身分や出身に関係ないというのは確かに分かりましたけど」
「なぜ我らが選ばれたのか結局のところ疑問ではあるな」
「ふむ、そうね。君たちがZ組に選ばれたのは色々な理由があるんだけど、一番判りやすい理由は、そのARCUSにあるわ」

ダイアナはポケットからARCUSを取り出して、まじまじと観察する。様々なアーツが使えたり、通信機能が備わっている等多様な機能を備えているこのARCUSの真価は、「戦術リンク」にあるとサラ教官は言った。

「先ほど君たちが体験した現象ね」
「さっき、みんながそれぞれ繋がっていたような感覚――」
「ええ、例えば戦場においてそれがもたらす恩恵は絶大よ。どんな状況下でもお互いの行動を把握できて最大限に連携できる先鋭部隊―――仮にそんな部隊が存在すれば、あらゆる作戦行動が可能になる。まさに戦場における革命と言ってもいいわね」

でも、とサラ教官は続ける。現時点でARCUSは個人的な適正に差がある。新入生の中でここにいるメンバーは特に高い適性を示した為、身分や出身に関わらずにZ組の一員として選ばれたのだという。

「さて、約束通り文句の方を受け付けてあげる。トールズ士官学院はこのARCUSの適合者として君たち10名を見出した。でもやる気のない者や気の進まない者に参加させるほど予算的な余裕があるわけじゃないわ。それと、本来所属するクラスよりもハードなカリキュラムになるはずよ。それを覚悟してもらった上でZ組に参加するかどうか、改めて聞かせてもらいましょうか?」

周りがお互いに顔を見合わせる中、ダイアナは一人目を瞑って考える。自分がここに来た理由―――それは、父のようになりたかった。強く、なりたかった。今までの自分よりも、ずっとずっと強くなりたいのだ。だからこそ、憧れである父の通ったこのトールズ士官学院へ入学を希望した。―――だから。


「リィン・シュバルツァー。参加させてもらいます」


10人の中で一番最初に名乗りをあげたのは、リィンだった。自分を高められるのであればどんなクラスでも構わないと言い切った彼に、サラ教官がなるほど、と頷く。

「そういう事なら私も参加させてもらおう。元より修行中の身、此度のような試練は望む所だ」
「オレも同じく。異郷の地から訪れた以上、やり甲斐がある道を選びたい」
「新入生最強の使い手に、ノッポの留学生君も参加と。さあ、他には?」
「私も参加させてください。奨学金を頂いている身分ですし、少しでも協力させていただければ」
「ぼ、僕も参加します!これも縁だと思うし、みんなとは上手くやって行けそうな気がするから」
「じゃあ私も参加します」
「私も参加します」

ダイアナは小さく手を挙げて、エマとエリオットに続く。そしてダイアナの後にアリサが続いた。
アリサとダイアナを見たサラ教官は、少しだけ驚いた様子を見せつつ、笑う。

「あら、意外ね。貴女たちはてっきり反発して辞退するかと思ったんだけど」
「―――確かに、テスト段階のARCUSが使われているのは個人的に気になりますけど、この程度で腹を立てていたらキリがありませんので」
「フフ、それもそっか。貴女も、参加って事で良いのね?」
「はい」

サラ教官は、自分の事をどこまで知っているのだろうか。ダイアナが反発すると思った理由は、きっと過去の事にあるのだろうけど。

短く返事をしたダイアナを見てサラ教官は満足そうに頷いた後、銀髪の少女を見た。フィーと呼ばれたその少女は、面倒くさそうではあるが参加すると告げる。これで8名だ。サラ教官は少しだけため息をついて、例の二人を見た。


「それで、君たちはどうするつもりなのかしら」

お互いそっぽ向いているマキアスとユーシスに、再度ため息をついたサラ教官が言葉を投げた。


「まあ色々とあるんだろうけど、深く考えなくてもいいんじゃない?一緒に青春の汗でも流していけばすぐ仲良くなれると思うんだけどな〜」
「そ、そんな訳ないでしょう!?帝国には強固な身分制度があり、明らかな搾取の構造がある!その問題を解決しない限り帝国に明るい未来はありません!」
「うーん、そんな事をあたしに言われてもねぇ」
「―――ならば話は早い。ユーシス・アルバレア。Z組への参加を宣言する」
「なっ、何故だ!?君のような大貴族の子息が、平民と同じクラスに入るなんて我慢できないはずだろう!?」
「勝手に決めつけるな。アルバレア家からしてみれば他の貴族も平民も同じようなもの。勘違いした取り巻きにまとわり付かれる心配もないし、むしろ好都合というものだろう」
「―――――!」
「かといって無用に吠える犬を側に置いておく趣味もない。ならばここで袂を分かつのが互いのためだと思うが、どうだ?」

ダイアナはため息を付いた。いちいち決めつけに走るマキアスもマキアスだが、ユーシスの一言の多さも目に付く。見ろ、ユーシスの発言に先ほどまで口を魚のようにパクパクと開けていたマキアスの顔が怒りで真っ赤に染まっていく。

「だ、だれが君のような傲岸不遜な輩の指図を聞くものか!マキアス・レーグニッツ!特科クラスZ組に参加する!古ぼけた特権にしがみつく、時代から取り残された貴族風情にどちらが上か思い知らせてやる!」
「――面白い」


「はあ、先が思いやられるな」
「そうね、何だか相当相性が悪いみたいだし」

睨み合う二人に呆れきった視線を投げかけるダイアナの横でリィンが小さく呟き、それにアリサが答えた。えらく素直に返したアリサに驚きダイアナが振り返ると、リィンとアリサはお互い見つめあいしばらくの間固まっていたが、我に返ったアリサが顔を赤くしながらそっぽ向く。――まったく、素直じゃないなぁ。

「あはは、そっちはそっちで大変だね」
「笑い事じゃないんだが、」

エリオットの小さな笑みとリィンのため息が重なったところで、サラ教官が手を叩く。


「これで10名。全員参加って事ね!―――それでは、この場をもって特科クラスZ組の発足とする。この一年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしてなさい!」



20150803




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