斜面を滑りながらこれからやってくる衝撃に備えるべくぎゅっと目を瞑っていると、お尻から床に着地し、支えきることが出来ずそのまま体が後ろへ傾いた。背中を固い石の床に打ちつけ悶えていると、近くにいた褐色の肌を持つ長身の男子生徒が大丈夫か?と手を差し伸べてくれたので、ダイアナは恥ずかしく思いながらもその手を借りる事にした。

「背中を打ちつけていたが、本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫だと思う。どうもありがとう」
「気にしないでくれ。怪我がなくて良かった。それにしてもここは先程の建物の地下か?」
「はああ〜っ、心臓が飛び出るかと思ったよ」

一際大きいため息が聞こえたのでダイアナがそちらを向くと、旧校舎に入る直前におばけが出ると身を震わせていた紅茶色の髪の男子生徒が上体を起こしながら大きく息を吐き出した。彼はきょろきょろと周りを見回した後、何かを見つけてしまったのか、ある一点を見つめて口を大きくあけて固まったので、気になったダイアナも彼の視線を追ってそちらを見たの。結果彼と同じ表情をせざるを得なくなる。




トリスタ駅で会った黒髪の男子生徒の頬に、綺麗な手形がくっきり真っ赤に色づいた。なんというか彼は顔が整っている為、頬についた手形は間抜けさを際立たせた。頬を赤らめながらもむすっとした顔をしているアリサを気遣いつつ、ダイアナは顔を腫らした黒髪の男子――リィン・シュバルツァーの傍で彼を気遣う紅茶色の髪の男子生徒と顔を見合わせ苦笑いを送りあった。

悲しい事故だったとしか言い様がない。
リィンが落下する際にアリサを助けようとして彼女の下敷きになり、そしてその上に乗ったアリサの胸が丁度彼の顔の上に、といった具合だ。アリサがそれに気づいて離れるまで、リィンは彼女の胸にずっと顔を埋めていた事になる。まあ、確かに恥ずかしいし確実に二人にとって思い出したくない思い出となるだろう。いや、リィンは得をしたか。


「ほんと、最悪、最悪、さいあく」

真っ赤な顔でぶつぶつと呟くアリサに、ダイアナはどう声をかけたらいいものかと苦笑いしつつ、辺りを見回す。先程手を貸してくれた褐色の肌の男子生徒の言う通り、ここはさっきまでいた旧校舎の地下なのだろう。サラ教官め、せめて何か一言言ってくれていたら痛い思いをしなくて済んだのに。そう思うと、ダイアナもアリサと同じように少しだけむすりとした気分になった。




すると突然ポケットから無機質な音が響いた。どうやら必ず携帯する様にと言われてポケットに入れておいた入学案内書と共に送られてきた携帯用の導力器から発したようだ。

「それは特注の戦術オーブメントよ」

突然、サラ教官の声が響いたためきょろきょろと周りを見回すが、その姿はどこにもない。どうやら、この導力器から彼女の声が聞こえているらしい。なんの導力器なのだろかとは思っていたが、まさか通信機能が内蔵されていたなんて!ダイアナはポケットに無造作に突っ込んでいた導力器に傷が付いていないか確認する隣で、アリサが動揺した様子で声を上げた。

「ま、まさかこれって」
「ええ、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で開発した次世代の戦術オーブメントの一つ、第五世代戦術オーブメント「ARCUS」よ」
「戦術オーブメント、アーツが使えるという特別な導力器のことですね」
「そう、クオーツをセットすることでアーツが使えるようになるわ。というわけで、各自受け取りなさい」


サラ教官がそこで言葉を切ると、部屋全体が明るくなりよくよく見るといくつかの荷物が隅に置かれている。その中にダイアナが自宅から持ってきた見覚えのあるケースも確認できた。入学式が始まる少し前、士官学院の門の前で上級生と思われる二人組の先輩に預けていたのだが、ここに持ち込まれていたとは。


「君たちから預かっていた武具と特別なクオーツを用意したわ。それぞれ確認した上で、クオーツをARCUSにセットしなさい」

サラ教官の声に従い、Z組の面々は各々持ってきた武具が置かれた場所に向かう。ダイアナが自宅から持ってきたケースの中には特注の戦闘用ブーツが入っていた。士官学校なので、当然武術もカリキュラムに含まれている。ダイアナは足技に自信があった為、それを選択した。

ブーツに履きかえ、その傍らに置いてあった小さな箱を手に取る。きっとこれがサラ教官の言っていたクオーツなのだろう。箱を開けると、そこには綺麗な色に光るクオーツが入っていた。これはマスタークオーツと呼ばれるもので、ARCUSの中心にはめるとアーツという簡単に言えば魔法のような力が使えるようになるらしい。サラ教官の言葉に従い、マスタークオーツをARCUSにはめるとARCUSがあたたかい光を放つ。


「君たち自身とARCUSが共鳴・同期した証拠よ。これでめでたく、アーツが使用可能になったわ」

ダイアナはそこで気付く。特別オリエンテーリングというのは、実戦の事なのではないのだろうかと。地下に落とされ武器を持たされ、その上アーツまで使う事が出来る様になった。まさか魔獣か何かと戦うことになるのだろうか、それともこのメンバーで対人戦を行う、とか?対魔獣はともかく、対人戦は―――少し嫌だな。
そう思い少し顔をしかめていると、ダイアナの隣でマスタークオーツをはめていた紅茶色の髪の男子生徒が、大丈夫?と、心配そうに声をかけてくれた。ダイアナは慌てて口角を上げ笑みを作り頷く。

「う、うん。大丈夫」
「そっか、なら良かった。――やっぱり不安だよね。僕もこれまでこういう経験全然なくって。オリエンテーリング、あんまり危険な内容じゃないといいね」
「そ、そうだね」

なんだか心配してもらっているみたいだけど、彼はちょっと誤解しているみたいだった。ダイアナは別に戦闘が怖い訳ではない。ただ、対人戦が嫌なのだ。何故なら自分の足技は武術というよりは暴力に近い。それを出会って間もない、それもこれからクラスメイトになるであろう人たちに振るうわけにはいかない。ぎこちない笑みを浮かべながらダイアナは小さくため息をついた。ともかく、気をつけなければ。入学前に決めたのだ、私はもう――――。



「それじゃあ早速始めるとしますか」

サラ教官の声が響き奥側にあった扉が音を立てて開くのを見て、ダイアナは顔を上げる。この先は入り組んだダンジョン区画になっていて、終点までたどり着くことが出来れば先ほどの旧校舎一階に戻る事が出来るらしい。だが、魔獣が徘徊しているのでそれを倒しつつ戻ってこなければならないとの事だ。それを聞いた瞬間、ダイアナは対人戦ではなかった事に安心しほっと息をついた。

サラ教官の声が完全に聞こえなくなった後、深紅の制服を着たZ組の面々は互いに顔を見合わせる。どうやら冗談じゃなさそうね、とアリサが眉を寄せた。するとアルバレア公爵家のご子息、ユーシスが一人でダンジョン区画に足を進めようとしたので、先ほどのマキアス・レーグニッツが制止をかける。

「いきなりどこへ、一人で勝手に行くつもりか?」
「馴れ合うつもりはない。それとも、貴族風情と連れ立って歩きたいのか?――まあ、魔獣が怖いのであれば同行を認めなくもないがな。武を尊ぶ帝国貴族としてそれなりに剣は使えるつもりだ。ノブレス・オブリージュとして力なき民草を保護してやろう」
「だ、誰が貴族ごときの助けを借りるものか!もういい!だったら先に行くまでだ!旧態依然とした貴族などより上であることを証明してやる!」


この二人は本当にそりが合わないのだろう。ユーシスに煽られ怒りを爆発させ続けるマキアス、無表情で彼の言葉に動じてなさそうに見えるがマキアスを必要以上に挑発するユーシス。

マキアスは、何故こんなにも貴族を嫌っているのだろう。確かに、街に出たら傲慢でやりたい放題の貴族なんてたくさんいる。ダイアナ自身も街で偉そうにしている貴族に苛立った事は何度かあったが、それでも貴族という貴族すべてを嫌っているわけではない。

それに、ユーシス。確かに最初に「貴族風情」という言葉で彼を煽ったのはマキアスだけれども、その後彼の怒りを必要以上に煽ったのはユーシスだ。すました顔をしているけど中身は面倒な奴だな、とダイアナは思った。


あれよあれよという間に、ユーシスとマキアスはそれぞれ別々の方向へと去っていき、誰かが戸惑ったような声を漏らす。ダイアナは小さく「面倒な奴ら」と悪態をついた。



20150703



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