帝都ヘイムダルからその近郊都市であるトリスタまでの移動はそこまで時間のかかるものではない。ダイアナは窓の外を流れていく景色を眺めながらせっかく列車に乗ったのなら、もう少し長旅をしたかったなとぼんやり思う。

「ねえ、ダイアナはトリスタに行くのは初めて?」
「そうだよ、結構近くに住んでいたのにね。アリサは?」
「私も初めてなの。学院から送られてきたパンフレットに書いてあったけど、色々お店もあるみたいだし楽しみだわ」

四人掛けの席。ダイアナの反対側に座っているのは、アリサという女学生。彼女とはトリスタに向かう為バリアハート行きの列車に乗り込んだ時、たまたま相席になったのだ。彼女がダイアナと同じトールズ士官学院の深紅の制服を着ていた事もあって話をしてみると、どうやらアリサもダイアナと同じく新入生だった様で。ここまで世間話をしながら共に短い列車の旅を過ごしていた。

ダイアナは今日からトリスタにある士官学校に通う予定だ。帝国軍に勤めていた亡き父が通ったという伝統ある士官学校、トールズ士官学院。ダイアナの記憶に残る父親の姿は大きく、強く、そして暖かいものだった。自分も、父のように――。


――次はトリスタ、トリスタ。

アナウンスが流れ、アリサがそろそろねとダイアナに微笑む。ダイアナはそれに応え、再び車窓から流れゆく景色を眺める。春らしい暖かな陽光が満ち溢れ、大地が優しく輝いていた。





「なかなか素敵な街ね」
「そうだね。アリサの言ってた通りお店も沢山あるし、休日も楽しく過ごせそう」

トリスタに着いてすぐ、美しく開いたライノの花がダイアナの視界に飛び込んできた。そのキラキラとした何とも言えない光景に息を呑み、ぐるりと辺りを見回す。帝都ヘイムダルの近郊都市であるトリスタの街は、帝都からだと大陸横断鉄道を使うと約20分程度で到着する。今までは縁がなく足を踏み入れたことはなかったが、過ごし良さそうな街だ。

「ライノの花もとても綺麗ね。私こんなに咲いているの見た事が、――きゃっ!」
「ご、ごめん!大丈夫か?すまない、俺がぼうっとしていたせいだな」

ダイアナと同じように咲き誇るライノの花に目を奪われきょろきょろしながら歩いていたアリサが立ち止まっていた男子生徒にぶつかって尻餅をついてしまった。そんなアリサにすぐに謝り手を差し伸べる黒髪の男子生徒。どちらも容姿端麗なのでとても画になっている。黒髪の男子生徒の手を取り、アリサが立ち上がった。


「気にしないで、私も花に見惚れちゃってたから。――とても素敵な街ね」
「ああ、俺もちょうど同じ事を思っていたところだ。トランク大丈夫か?落としちゃったみたいだけど」
「ええ、心配しないで。それにしても、貴方も同じ色の制服なのね」

アリサが黒髪の男子生徒とダイアナの方を向いて、それから辺りを見回した。そんなアリサに倣い、ダイアナも見回す。アリサの言いたい事は何となく分かった。ダイアナも、アリサも、そしてこの黒髪の男子生徒も深紅の制服を着ている。しかしトリスタの駅から学院の方へ向かう荷物を沢山持った新入生らしき生徒の殆どが緑色の制服を着ているのだ。そんなアリサの言葉に黒髪の男子生徒も頷く。


「一体どうなってるんだ?送られてきたものを着てきただけなんだが、」
「まあ他にも駅でちらほらと同じ色の制服を着た人見たし、もしかしたら同じクラスとかそんな感じなんじゃない?」
「なるほど、あり得るな」
「というかアリサ、そろそろ行かないと入学式遅刻しちゃうよ。君もこんなトコに突っ立ってないでさっさと行きなよ」
「ああ、分かったよ」
「それじゃあ。入学式の時にまた会えそうな気もするけど」


黒髪の男子生徒と別れて、アリサと二人でトールズ士官学院への道を歩く。やはり、すれ違う殆どの生徒が緑色の制服を着ている。クラス毎に制服の色を変えているのだろうか、とも考えたが、さすがに緑の比率が高すぎるだろう。だとしたら、この深紅の制服の意味は一体何なのだろうか。ダイアナやアリサ、先程出会った青年。この制服を送られてきた生徒に、一体どんな共通点があるのだろう。



「(ま、考えても仕方ないか)」

小さく欠伸をして、空を仰ぎ見る。ライノの花びらがひらひらと風に乗り、トリスタの街を舞う。アリサと話をしながら、ダイアナはうんと伸びをする。トールズ士官学院の門は、すぐそこだ。




若者よ、世の礎たれ―――。
獅子戦役を集結させた帝国中興の祖であり、このトールズ士官学院の創設者でもあるドライケルス大帝の遺した言葉を、ヴァンダイク学院長が力強い声で新入生に伝えた。世という言葉をどう捉えるのか、何をもって礎たる資格を持つのか。これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにしてほしいと彼は言う。

ダイアナはヴァンダイク学院長の言葉を心の中で何度か繰り返す。「世の礎たれ」随分と大きく、そして難しい言葉だ。まだ自分自身が何を目指すのかすら決まっていないダイアナにとって、それはとても難しい課題だった。この学院で過ごすうちに何らかの見通しがつくといいのだけど。

ちらりと周りを見ると、前列に白い制服を着た新入生が座っている。どことなく品の良い佇まい、きっと貴族階級の新入生なのだろう。自分には縁のない身分の人間たちだ。そうすると、緑色の制服は平民なのだろうか?ならば、この深紅の制服は――。ダイアナが首を傾げながら考え込んでいると、いつの間にか入学式は終了しており、講堂に集まっていた生徒たちが外へ出始めたことに気づく。置いて行かれてはまずいと、なんとなく緑の制服を着た集団に着いて行こうとした時だった。



「こらこら、そこの子!話はちゃんと聞きなさいよ〜?」

女性の明るい声が、ダイアナの耳にすっと入り込んできた。ダイアナが声のした方を向くと、若い女性教官がこちらを指さしてにこりと笑った。講堂の入り口付近まで近づいていたダイアナは、そこでやっと状況を理解する。深紅の制服を着た生徒だけがこの場に残されているではないか。その中にはアリサもいて、講堂から出ようとしていたダイアナを見て随分と呆れた様子だった。そそくさと先ほど座っていた席付近まで戻ると、女性教官はこほんと咳払いをして話を始める。


本来ならば、所属するクラスは送られてきた入学案内証に記載されていたらしい。しかし深紅の制服が送られた生徒に関しては、クラスの記載はされていなかったとの事。この女性教官曰く「ちょっと事情がある」そうだ。


「君たちにはこれから「特別オリエンテーション」に参加してもらいます」

女性教官の発言に、講堂に残っていた深紅の制服を着た生徒たちがどよめく。ざっと数えてみたが、自分を含めて10人がこの場に残っていた。女性教官は「着いてきて」とただ一言告げて、何か言いたげな生徒たちを残して講堂から出ていってしまった。
すぐにアリサがダイアナの隣にやってきて、いったい何なのかしら?と首を傾げる。ダイアナもアリサと同じように首を傾げ、とりあえず置いていかれないように徐々に動き始めていた深紅の制服を着た同級生の後に続いて講堂を後にした。




女性教官に連れられてやってきたのは本校舎から少し離れた場所にひっそりと建つ、トールズ士官学院の旧校舎だった。紅茶色の髪の男子生徒が「いかにも出そうな建物だ」と、震えた声でトリスタの駅前で出会った黒髪の男子生徒に話しかけているのが聞こえた。確かに彼の言う通り、悪い意味で雰囲気のある旧校舎。ダイアナは大きくため息を吐いて、それから仕方なく旧校舎に入った。


サラ・バレスタインと名乗った先程の女性教官は、ここに集められた深紅の制服を着た新入生――Z組の担任だという。本来トールズ士官学院は一学年に5つのクラスがあり、それぞれ貴族と平民で区別されていたのだが、今年から身分に関係なく選ばれた生徒が集められた「特科クラス」が立ち上げられたそうだ。それが、ダイアナたちZ組だという。
ダイアナたちが暮らすエレボニア帝国は身分がはっきりと区別されている国だ。ダイアナも、まさか貴族と同じクラスになるとは夢にも思っていなかった。

Z組の為に特別に作られたのであろう、この深紅の制服。何のために自分がZ組に選ばれたのだろうか、ここに集められた生徒には、何か共通点でもあるのだろうか。


「冗談じゃない!身分に関係ない!?そんな話は聞いていませんよ!?」

ダイアナが顎に手を当てながら考えて込んでいると、メガネをかけた理知的な男子生徒が声を荒げた。彼の名はマキアス・レーグニッツ。マキアスは「貴族風情」と一緒のクラスでやっていけるわけがないと、まさに怒り心頭といった風だ。その口ぶりから、平民出身の生徒なのだと分かった。

するとそんなマキアスの様子を、彼の隣にいた金髪の生徒が鼻で笑った。ユーシス・アルバレアと名乗った彼は「平民風情」が騒がしいと思っただけだ、とマキアスを挑発する。アルバレア侯爵家はエレボニア帝国の東のクロイツェン州を治める四大名門の一角で、大貴族中の大貴族だ。そんなユーシスの身分に狼狽えた様子を見せながらも彼に噛みつくマキアスだったが、それをサラ教官が制した。

サラ教官がオリエンテーリングを始める、と伝え数歩後ろに下がった瞬間だった。突然辺りに轟音が響き、床が大きく揺れ始める。あっと声を上げる間もなく、床が斜めになり、なすすべなくZ組の面々が下へと落ちていく。
ダイアナも当然、流れに逆らえずに尻餅をつき、そのままの体勢で下方へ広がる暗闇へと吸い込まれたのだった。


20150703



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