あの日以来、毎朝川辺でケネスと話す様になった。彼と話すのは楽だ。ずかずかと踏み込んでこず、かといって無関心という訳でもなく、わっと話が盛り上がるという訳でもなく、とてつもなく面白い笑い話になるという訳でもないが、ただただ彼と自分との間に流れるゆったりとした時間が心地良い。

先日ケネスに誘われ釣りを体験した。釣皇倶楽部は釣りを広める使命もあるとケネスが胸を張っていた事をよく覚えている。
魚なんて釣った事がなかった為、彼の力を借りながら魚を釣った瞬間は感動したものだ。
ダイアナの喜ぶ顔を見たケネスが、ダイアナも釣皇倶楽部に入ろうと誘うものだから、初めての魚釣りで浮かれていたダイアナは彼に乗せられ幽霊部員なら、と答えたのだ。


「という訳だから、ごめん。もう部活決まってるの」
「朝早くにどこに出かけてるのかと思ったら、青春しちゃって」

自由行動日の前日の放課後、ダイアナをクラブ見学に誘ったアリサにそう告げるとニヤリとした顔で小突いてくるものだからダイアナは小さくため息を吐く。

「そんなのじゃないから。あ、そうだ、アリサも釣りする?結構楽しいよ」
「しないわよ。それに私運動部かなって思ってるの」
「へえ、そうなんだ。じゃあ今日の見学は運動部メイン?」
「そうね。ダイアナは今日は部活?」
「いや、ぶらっとしたら帰ろうかなって」
「あら部活は?」
「幽霊部員だから、基本」

そう言うと、今度はアリサにため息をつかれる。ダイアナはそんなアリサに何も言わずにっこり微笑み手をひらりと振って教室から立ち去った。


その翌日の自由行動日、ダイアナは朝食をとった後勉強をしようと思い学院の図書館へ向かっていた。いくら休日といっても休んでばかりはいられない。ただでさえ少しついていけていないのだから。深くため息をついたダイアナの上でライノの花弁が散った。トールズ士官学院に来たばかりの頃はあんなにも咲き誇っていたというのに、それだけ時間が経ったという事か。それだけ時間が経ったのに、私は未だこの学院での目標を見つけられずにいる。再び大きくため息をついた時だった。

「ダイアナ?」
「やあ、ダイアナじゃないか」
「ん、ああ、リィンじゃない。それにケネスも、さっきぶり」
「ああ、朝釣りぶりだね」

川沿いにいたのはリィンとケネスだった。初めて見る組み合わせに首を傾げていると、リィンも同じ事を思っていたみたいで私とケネスを交互に見ながら聞いてきた。

「ダイアナとケネスは知り合いだったのか?」
「彼女は釣皇倶楽部の部員だからね」
「幽霊部員だけどね。君らは何してたの」
「彼も釣りを嗜んでいるみたいでね、普及をしていたところさ」
「まあそんなところだ。道具も貰った事だし、時間が空いたら俺も釣りを始めてみるよ」
「ところでダイアナはこれから暇かな?暇なら釣りしていかないかい」
「今から図書館行くから今日はパスで」
「そうか、残念だな。また付き合っておくれよ」

二人と分かれたダイアナはトールズ士官学院に着いてから一旦Z組の教室へ勉強道具を取りに向かう。その途中に通った教室から華やかで繊細な音が聞こえてきて、思わず足を止めた。少しだけ開いたドアから中を見ると、同じZ組の生徒であるエリオットがヴァイオリンを演奏していた。ああ、彼吹奏楽部だったんだ。
いつもは大人しいというか控えめというか、気弱な印象しかなかったエリオット。しかしヴァイオリンを弾いている彼はとても生き生きしていて、こんな表情も出来るんだと少し驚いた。吹奏楽部員らしき人の姿もちらほら見える為邪魔をしてはまずいと思い、すぐにダイアナはその場を後にした。



図書館で勉強を始めてしばらく経った。窓の外はもうすっかりオレンジ色に染まっている。止め時かもしれない。ダイアナはふぅっと息を吐き勉強道具を片づけ始めた。進んだと言えば進んだが、身になったかと言われたらハッキリと答えることが出来そうにない。つまり、丸一日を費やした図書館での勉強はあまり満足のいく内容ではなかった。

Z組の教室に勉強道具を置きに戻るのも面倒なので、それを手に持ったまま夕焼けに染まる士官学院の敷地を歩く。すると前方にリィン、エリオット、ガイウスがいるのが見えた。随分と疲れている様に見えて、ダイアナは思わず声をかける。


「そんな顔してどうしたの、君ら」
「ああ、ダイアナか。いや、ちょっとヴァンダイク学院長に頼まれて旧校舎の探索に行ってたんだ」
「旧校舎って、オリエンテーリングの?」
「そうそう。その旧校舎で不可思議な現象が起こってるっていうから、僕たち三人で様子を見てきたんだ」
「三人で?魔獣もいるのにそれはお疲れさまだったね」
「それに加えて以前と地下の構造が丸々変わっていたんだ」
「、は?」

ガイウスがいつも通りの真顔でそう言うものだから、ダイアナは思わず聞き返す。するとリィンやエリオットもそれを肯定したので、どうやら冗談ではないようだ。そもそもガイウスはこういう冗談を言うような男ではない。と、思う。まだ知り合って一月も経っていないから、おそらくそうだという私の想像にすぎないのだが。

「まあ変なガーゴイルとかいたし、変わったところだとは思っていたけど」
「ともかく俺はこれからも探索を続けていこうと思う」
「旧校舎に行くときはまた付き合うよ」
「俺も、遠慮なく声をかけてくれ」

そのまま流れで四人並んで第三学生寮までの道を歩く。聞けばリィンはこの旧校舎探索以外にも、いろんな人から雑用という名の依頼を受けてそれを片付けるためにせっかくの休日を丸一日費やしたらしい。どれだけお人好しなんだ。報酬は貰えているみたいだが、なんとなく巻き込まれ気味な彼に同情し、何かあったら自分も手伝うくらいなら出来ると伝えた。
あっそういえば、と隣を歩くエリオットに顔を向ける。


「今日吹奏楽部の部室覗いたんだけど、エリオットが楽器弾いててちょっとビックリした」
「えっ、そうなんだ。声かけてくれたら良かったのに」
「邪魔しちゃ悪いと思って。それにエリオットすごく楽しそうにヴァイオリン弾いてたし。綺麗な音だった」
「あ、えっ、あっ、ありがとう、ございます、」
「なんで敬語?変なの」

ダイアナが素直に感想を告げるとエリオットは顔を真っ赤にして照れる。音楽をしている時と全然違うその姿がなんだか少しだけおかしくてダイアナは小さく笑った。また機会があったら聞かせてよ、と言うとエリオットは優しく微笑んで頷いた。



20151221



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