夜が終わり、かといってまだ朝になりきってもいない時間にダイアナは静かに目を覚ます。セットした目覚ましはあと二時間後にけたたましい音を立てて鳴る予定となっていた。重たい溜息をつき、薄暗い中ベッドから抜け出す。

深紅の制服に袖を通し身支度を整えてから、ダイアナはZ組の為に宛てがわれた第三学生寮の自室を後にした。


早朝に出かけて、何をするわけでもない。ただじっとしていられなかったのだ。
これはヘイムダルで暮らしていた時からの習慣のようなものだった。昔から、長い時間眠ることが出来ずに目覚ましの鳴る前に起きてしまう。


まだ薄暗いトリスタの朝。ここに来てから一週間が過ぎようとしていた。
トールズ士官学院へ向かう道は未だに歩き慣れていなかったが、トリスタは狭い街なので迷子になった事は一度もない。

ダイアナは川の近くに降りて、そこに腰を下ろした。
肝心の学院生活は、良くも悪くもといった感じだ。授業の難易度は高く、そして進むスピードもかなり速い。日曜学校に通っていた頃は生徒たちの中でも1、2を争う程には頭の良かったダイアナも少しだけ苦戦していた。

あとは、Z組自体に問題があった。まず一つ、マキアスとユーシスだ。あの二人が同じ教室にいるだけで空気が重くなっている。何よりダイアナが腹を立てているのはマキアスの方だ。旧校舎で彼に嫌味を言ったせいか、彼はダイアナを見ると露骨に顔を歪めるのだ。あれ以来マキアスと言葉を交わした覚えがない。なんて心の狭い男だ、とダイアナはひどく呆れた。

そしてアリサとリィンの関係も未だに修復していない。リィンは歩み寄る様子を見せてはいるが、肝心のアリサが彼の事を見るだけで顔をしかめてそっぽ向く始末。彼女が素直にさえなればなんとかなりそうなものだが。


そんなこんなで教室の中はいつもギスギスとしている。本当に面倒。新しい環境というのは、どうも苦手だ。
ダイアナは朝の散歩の休憩がてらいつもこの川辺へ立ち寄る。ライノの花びらがゆっくりと散っていく様子を眺めた。いつもの、変わらない朝の光景。ここにいると朝が始まる音が聞こえるのだ。鳥のさえずり、川のせせらぎ、目が覚めた人々の活気溢れる声。そして、いつも通りの水の跳ねる音――――。


ダイアナがちらりと見ると、少し離れた位置で釣りをしているトールズ士官学校の生徒が見えた。白い制服を着ているので貴族階級の生徒なのだろう。彼もまた、ダイアナのいつもと変わらない朝の一部だった。彼が釣りをしている様子をダイアナがじっと見ていると、視線を感じたのだろう。彼はいつも通り振り返り、そしてにこりと笑う。


「おはよう」
「――おはよ」


いつも通り、何気ない挨拶を交わす。そのままダイアナは空を見たり、彼が釣りをする様子を眺め、そして時間になると無言でここから立ち去る。だが、今日は少し違った。

「ちょっと待って」

ダイアナが立ち上がると同時に、釣りをしていた生徒が振り返った。ダイアナが首を傾げると、彼は釣り道具を片づけて手をあげた。

「途中まで一緒に行こうよ」







「その制服、Z組だっけ?僕たちと勉強の内容とか違うの?」
「基本的な内容は同じらしいけど、それプラス何か特殊なカリキュラムがあるらしい。まだよく分かんないけど」
「ふうん、そうなんだ。あ、僕1年U組のケネス・レイクロードだよ。君は?」
「私はZ組のダイアナ・ミール。ねえ、ケネスは毎日ここで釣りをしてるけど、趣味か何かなの?」
「勿論趣味っていうのもあるけど、僕、釣皇倶楽部に在籍しているのさ」
「釣皇倶楽部?じゃあ朝早く釣りに来てたのは、朝練かなにか?それにしては他の部員はいないみたいだけど」
「釣皇倶楽部は僕一人だけだからね」
「あら、そうだったの。ねえ、ここ何が釣れるの?」
「そうだね、ソーディとかカサギンとかが多いかな。レアものだとギガンソーディとか」
「なにそれ知らない」
「結構レアだからね、僕もまだ釣ったことがないんだ。あと学院内だと――」


かなり話が盛り上がり、しまいには足を止めて立ち話をしてしまった為、結局遅刻ギリギリにZ組の教室についてしまった。
急いだ為乱れた髪を整えながら、ダイアナはふぅっとため息をつく。こぼれたため息は、朝のように重たいものではなかった。

20150824



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