いつもよりうんと早起きをした名前は昼食用のサンドイッチをこしらえて駅へ向かいます。ですが、あと30分で始発が出るというのに、神崎さんの姿がありません。なにか、あったのでしょうか。
心配になった名前は昨日富松さんに教えてもらった神崎さんのお家へ行ってみることにしたのですが、なにやら聞き覚えのある明るく大きな声が駅の反対側のほうから聞こえてきます。「鶴亀駅はどこだー!」ああ、これは確実に神崎さんの声です。
声のした方へ向かうと、ぴしりとした駅服姿の神崎さんがきょろきょろと辺りを見回していました。


「神崎さん?」
「?あ、名前さんじゃないか!ちょうど良いところに!道が分からなくなってしまって困っていたんだ」
「こっちですよ」
「一緒に行ってくれるのか?」
「えっ、今日は私が神崎さんのお仕事のお手伝いをするって話でしたよね」
「そういえばそうだったな、悪い悪い!すっかり忘れてたよ」

大きな声で笑う神崎さんを白い目で見ながら、名前は腕時計を見て目を見開きます。大変、あと10分で始発が発車してしまう!未だに笑い続けている神崎さんの腕を引っ張り名前は駅まで猛ダッシュします。こんなに走ったのは学生以来だと心の中でため息を吐いてやっと駅に到着します。神崎さんを電車の中に押し込むと持ってきた荷物をてきとうな場所に置いて準備をする神崎さんの様子を眺めます。
方向オンチ。それも決断力のある方向オンチだと富松さんはげんなりしたようにそう言いました。決断力のある方向オンチとはいったいどういうことなのでしょうか。方向オンチといえばこの間の晩に会った次屋さんもそれはそれは酷い方向オンチでしたが、駅の近くにあるはずの彼の家から駅までたどり着けない神崎さんも相当の方向オンチです。

名前はポケットから取り出した時刻表を見ます。最初の行き先は煩悩寺。いったいどんな場所なのでしょう。

「煩悩寺行きだな!」

神崎さんの出発進行のかけ声とともに、趣のあるレトロな電車が発車しました。煩悩寺までは大体30分ほどで到着するようです。今のところ行き先は間違えていないし、電車もきちんと煩悩寺へ向かっています。これは、結構何とかなるんじゃないのかな?そう思った名前でしたが、その考えは甘かったということを思い知らされることになります。


「次はかかしヶ原行きだな!」

煩悩寺に着いてすぐ、神崎さんの言葉に時刻表を確認すると、彼の言ったとおり次の行き先はかかしヶ原です。これは本当に心配するまでもなかったのでは?ほっとした瞬間でした。神崎さんはかかしヶ原と言ったにも関わらずくるりと身体を回転させると荷物を持ってどこかへ行こうとします。慌てて彼の腕をつかむと、怪訝そうな顔をされました。


「どうしたんだ、名前さん!」
「ええと、神崎さんどこへ行こうと、」
「僕はかかしヶ原へ向かおうとしている!そのためには反対側に行かなければならないんだ!」
「え、え、え、ちょっと待ってください神崎さん!」

ずんずんと前に進もうとする神崎さんの腕を掴みます。かかしヶ原は煩悩寺の先のはずです、神崎さんの言う通りだと鶴亀町に戻ってしまうことになってしまいます。それを伝えると神崎さんは首を横に傾げて、そうなのか?と疑うものだから、私は彼の手を引いて駅名が書かれている看板のところまで連れていく。


「ほら、こっちがかかしヶ原ですよ!神崎さんの向かおうとしていたほうは鶴亀です、また戻っちゃいますよ」
「う〜ん、確かに。うっかりしていたよ!」

そう口で言っても鞄を持って逆方向に行こうとする神崎さんを再度引き留める。今なら富松さんの心配していた通りです。これは、本当に本当に酷い方向オンチです。
名前はもう何も言わずに、神崎さんの手を引いて電車に乗り込みました。


それから、駅に着く度に反対方向へ行こうとする神崎さんを引っ張り軌道修正して、やぁっと一日が終わりました。一日が終わった頃には名前は立っているのもやっとな程疲れきっていました。はちゃめちゃな一日でしたが、それでも、怒りはわいてきません。元々自分から手伝うと言ったことだし、それに神崎さんはとても良い方です。明るく元気で、まっすぐな人でした。
お昼ご飯にと名前が朝早くにこしらえたサンドイッチを食べた神崎さんが、嬉しそうに笑いながら「名前さんは良いお嫁さんになるな!」と大きな声で言ってくれとき、名前はとても幸せな気持ちになりました。

明るく元気な神崎さんが運転する鶴亀電鉄は、とてもすばらしいのです。なんとか、この問題を解決する方法はないだろうか。
布団の中で名前はうんうんと悩みます。明日も、今日と同じように早起きしなければなりません。なにも良い案が思いつかず、名前は長くため息をはいて、それから目を閉じました。



20141031


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