用事を済ませてから空を見上げると、もうすっかりと日が落ちていました。この町は民家が少ないため夜になるとほとんど真っ暗になります。まだ慣れない鶴亀町の夜、名前は少しだけ不安な気持ちになりました。
しばらく歩くと、暗闇の中にぽつんと灯りがありました。あそこは交番です。少しだけ不安気だった名前は歩くスピードを早め、そして交番を目印に歩きはじめました。


「あ、浦風さん」

交番の近くに懐中電灯を持った浦風さんの後姿が見えました。ほっと胸をなでおろし、声をかけ彼に駆け寄ろうとしましたが名前はすぐにその足を止めることになりました。なんと、浦風さんの右手には拳銃が握られていたのです。名前の声に反応した浦風さんはゆっくりと振り返りました。懐中電灯の光が顔に向けられて、とても眩しいです。いつも通りのようで、貼りつけたような笑顔で名前を見ました。

「え、えっと、浦風さ、!?」

名前が大きく後ろに仰け反ります、浦風さんが持っている拳銃の銃口はしっかりと名前をとらえていました。何かの冗談なのでしょうか、パニック寸前の名前を見る浦風さんは相変わらず笑ったままです。いつも優しい笑顔で穏やかに接してくれる浦風さんを知っている名前は、混乱しつつもじりじりと後ろに下がり始めました。そして、すぐ傍にあった家に家の隙間に滑り込むように入ります。それと同時に乾いた大きな音が鳴り響きました。う、撃たれた。名前の頭は大混乱です。すると、右手を思い切り後ろに引っ張られました。思わず声をあげそうになったのですが、大きなてのひらが名前の口を覆いました。「こっち」耳元で囁かれた後、さらに強い力で引っ張られて狭い路地を走りはじめます。色々と追いつかない頭では繋がれた右手の先が大きくあたたかい誰かの手に繋がっていることしか判断できませんでした。


見知らぬ誰かに手を引かれ家と家の間を抜け、少しだけ開けた場所に辿り着きました。「これだけ逃げれば大丈夫だろ」肩で息をしながら名前が繋がれていた右手の先を見ると、長身の見知らぬ男の人がいます。名前の様子に気づいたその男の人は、「平気?」と声をかけてくれました。


「あ、はい、多分。えっと、浦風さん、ど、どうしたんでしょうか、あんな、」

名前がどもりながらそう言うと、長身の彼は「ああ」と声を漏らし、そして何でもないようにあれはいつものことだと教えてくれました。彼の話によると、浦風さんは夜になると町のパトロールを始めるらしい。拳銃と懐中電灯を持ち、夜遅くに出歩いている人を見つけると問答無用で銃をぶっ放すとのことで。もはや病気のようなものらしい。ああなってしまった浦風さんは知り合いにも容赦がないらしく、名前は先日の富松さんの様子を思い出し、この事だったのかと納得しました。
浦風さんの笑顔を思い出し震える名前の背を、長身の彼は落ち着かせるように優しく撫で続けてくれています。


「大分落ち着いた?」
「あ、えっと…はい。ありがとうございます。あの、私、先日引っ越してきた名前と言います」
「そっか。俺は次屋。次屋三之助。ま、藤内も普段は良い奴だし許してやって」
「は、はい」
「名前ちゃん家どこらへん?送るけど」
「え、でも悪いですよ」
「いいっていいって気にしなくて。また藤内と会ったらやばいだろうし」
「あ、ありがとうございます」

なんて優しい人なのだろうか。名前は泣きそうになりながら次屋さんに深く頭を下げます。次屋さんはそんな名前の様子を見て少しだけ笑うと、下に置いてあったギターケースのようなものを持ち上げました。

「次屋さん、ギターされてるんですか?」
「うん、普段は駅前でギターの弾き語りしてる。無一文、いわゆるプータローってやつ」
「プ、プータローですか、」
「まあギターはほとんど毎晩やってるから良かったら聞きに来てよ」
「分かりました、あ、次屋さん、こっちです」
「え?三丁目ってこっちじゃないっけ」
「いや、こっちです」


そのあと何度も違う方向へ行こうとする次屋さんを逆に送り届けることになったのは言うまでもありませんでした。










そろそろ、大川さんから言われたことを実行し始めなければいけません。鶴亀町に来て一週間が経ちました。この町の人は個性的な人が多いですが、優しい人ばかりです。チュウをするには、みなさんと仲良くならなくてはいけません。どうしたものか…悩みながら歩いていると、駅前に着きました。電車に乗って少し遠出して気分転換すれば良いアイデアが浮かぶかもしれない。そう思い、古い駅舎のドアを開けた名前でしたが、駅員さんの姿はどこにもありません。何処かへ行っているのかな?そう思い、駅のベンチに腰掛け少し待っていると、大きな音を立ててドアが開きました。


「あれ、富松さん」
「あ?ああ、名前さんか」
「大丈夫?なんか顔色悪いけど」
「ああ…まあ、な」
「なんだ?作兵衛知り合いか?」

大きな声が聞こえた後、ひょっこりと富松さんの後ろから帽子をかぶった駅員さんが顔を出しました。名前が自己紹介をすると、駅員さんは満面の笑顔で自己紹介をしてくれました。駅員さん…神崎左門さんは富松さんの友人で鶴亀電鉄の車掌さんとのこと。先ほどまで駅にいなかった理由は、鶴亀町内で迷子になっていたからとのことで、富松さんはそんな神崎さんを保護してここまで連れてきたらしいのです。神崎さんは決断力のある方向オンチで、彼がいつも電車の行先を間違えるせいで鶴亀電鉄はいつも定刻通りに発車しないらしい。それは色々とまずいのではないだろうか。…あ。

名前はそこで思いつきました。鶴亀の人と仲良くなる方法、それは困っている人を助けることだ、と。名前が神崎さんに提案したのは、しばらくお手伝いとして一緒に鶴亀電鉄に一緒に乗車し、神崎さんの補佐としてきちんと定刻通りに電車を発車させることです。それを聞いた神崎さんからとても感謝されたのですが、富松さんは心配そうな顔で「本当に大丈夫か?」と何度も聞いてきます。名前は自信満々に大丈夫だと答えたのですが、名前は神崎さんの方向オンチを完全になめてしまっていたことを後々後悔することになりますが、それはまた今度の話です。



20140904



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