皆帆くんの趣味は人間観察だ。身近な人間からまったく知らないあかの他人まで、彼の観察範囲は相当な広さである。
一体何がそんなにおもしろいのか分からない。いや、彼の趣味を否定したいわけではない。人間観察をしている皆帆くんの目はキラキラと輝いていて、とても魅力的だ。彼をこんなにも魅力的にするその趣味を、私もちゃんと理解したい。

そう思って皆帆くんの隣に座って道行く人たちを観察してみるのだが…。楽しそうに歩く家族、幸せそうに手を繋いで笑いあう恋人たち…ううーん、特に面白味を感じない。そう言葉にすると、皆帆くんは「想像力が足りないんだよ」と笑った。


「ほら、たとえばあのカップル。手を繋いでいるけどなんだかまだぎこちないね。きっと付き合い始めたばかりだ。もしかしたら初めてのデートかもしれない。そんな彼らが初めてのデート先に選んだのは…きっと映画館だね」
「あら、なんで?」
「今日は少しだけ暑いでしょう?でもあの二人はこんな日にしては少しだけ厚着だ。冷房の効いた映画館で数時間座りっぱなしは、薄着だとなかなか厳しいものがあるからね」
「なるほど」

カップルたちは映画館も入っている大型のショッピングモールへと消えていった。多分、皆帆くんの予想は当たりだ。



「でも、それのどこが楽しいの?」
「僕は楽しいな。世の中にはいろんな人がいるからね、たくさんの人を観察したら人の些細な変化にも気づきやすくなる。人の心は不思議なものだからね、僕はそれを少しでも理解したいと思うんだよ」
「ふうん」


よく分からない、という言葉は飲み込んで。
楽しそうに目を輝かせながら観察を続ける皆帆くんの横顔を盗み見る。ほんとうに、きらきらしてる。私は彼のことが好きだから、彼の好きなものも好きになりたいし理解できるようになりたいし。


突然、皆帆くんの目がいっそう輝いた。彼と同じ場所に視線を向けると、言い合いをしている男女の姿。とても雰囲気が悪い、女の子の方なんていまにも泣きそうに表情をゆがめている。再び皆帆くんに視線を戻すと、随分と真剣に観察している。………趣味が悪い。
少し遠い位置にいるカップルの会話を聞き取ろうとしてか、皆帆くんの耳が何度かぴくぴくと動く。かわいい。

顎に手を当ててじっと見つめるその瞳に吸い込まれそうになる。…ああ、私のこともそんな風に見つめてくれたらいいのに、なんて考えた。


出会ったばかりの頃の皆帆くんはあまり表情をころころ変える印象ではなかったけど、こうして仲良くなってからはちょっと子供っぽい所があるんだって知ったり、他の人のことをよく見ているからこそ面倒事に自ら首を突っ込んでいって巻き込まれていたりもするけど、それは決して彼が興味本位で近づいてるだけじゃなくて彼なりの不器用な優しさなんだろうなってことも、わかった。

だって今だって、あの恋人たちの言い争う姿を興味深そうに観察しているけど時折眉を寄せているから、きっと心配しているんだろう。
突然、皆帆くんがちらりとこちらを見たので首を傾げると、彼はため息をついて視線を泳がせる。どうしたんだろう?

皆帆くん?と呼びかけると、皆帆くんは困ったように眉を寄せながら私を見た。何故か彼の頬はりんごのように真っ赤だ。



「あ、あのさ苗字さん」
「なぁに?」
「そ…そんなに君に見つめられたら、しゅ、集中できないよ」


……ああ、なんとなく分かったかもしれない。
珍しく頬を赤くして恥ずかしそうに俯く皆帆くんを見て、なんともいえない気持ちがこみ上げた。かわいい、かわいい。皆帆くんのいろんな表情がもっと見たい。


「皆帆くん、面白いね、人間観察」
「ええっ、もしかして僕をからかったの?」
「からかってなんかない、からかってなんかない」
「もう、信用ならないな」


冗談っぽく笑った皆帆くんは、困ったように笑いながら立ちあがった。それから私の手を引いて、目の前にあるショッピングモールへ向かう。突然の行動に皆帆くん?と問いかけると、彼は一つ息を吐いてそれから私に向き直る。


「なんだか悔しいから、今日は僕も苗字さんのことをずっっと観察することにするよ」
「ずっっと?」
「そう、ずっっと。手始めに、今日は僕とデートしようよ。君のいろんな表情が見たいな」


先ほどと変わらない赤い頬のまま手を差し出してくる皆帆くんに負けないくらい真っ赤になっているであろう私は込み上げる思いのままに彼の手を取った。





20140418
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