「苗字さん、後でちょっと俺の部屋に来てくれないかな」


夕食後、さくらと談笑していたら瞬木くんがやってきた。先ほどの言葉を言うやいなや、爽やかな笑顔を見事に作り上げてこちらにひらひらと手を振って去っていく。瞬木くんのこの笑顔は私にとっての死刑宣告のようなものだ。隣にいるさくらがにやにやしながら茶化してくるが、そんな彼女に文句を言う気も起きなかった。

ひんやりとした廊下を歩きながら、なんでこんなことになったんだっけ…とため息を吐きながら考える。瞬木くんの部屋はもうすぐだ。自然と足取りが重くなるが、あまり遅くなっては瞬木くんの機嫌を損ねるだけだ、いやでも行きたくない…行きたくないよぉお…。頭に手を当てて「ああ〜〜〜」と意味もなく唸っていると、瞬木くんの部屋のドアが音を立てて開いた。

「はやくしろよ」
「すみません」





きっかけはとある日の練習後のことだった。その日は張り切って練習したせいかとても疲れていて、夕食をとった後すぐさま部屋に戻ってベッドへ倒れこんだため、再び目を覚ましたのは深夜0時を過ぎた頃だった。いつもならさくらを誘って大浴場へ向かうのだが、こんな時間だ。もう彼女はとっくに風呂なんて済ましているだろう。寝ぼけ眼で下着と寝巻きを引っ張り出し部屋を出た。

やはり深夜なので最低限の灯りしかついていなかった。ホラーなどはめっぽう苦手な私だったが、とにかく疲れていたのと眠かったのとで恐怖心を感じることなく廊下を歩いていた。そんな時だった。「ったくあんな時間まで練習に付き合わせられるこっちの身にもなれって感じ。まったく、熱いのはイイけど他人を巻き込むなよな、あのキャプテン。ホント面倒な奴らばかりだなっ」ガコンと近くにあった自動販売機が揺れた。…?…??
曲がり角からこっそりと先の通路を覗く。深夜12時過ぎ、大浴場へ向かう廊下にあるベンチに、瞬木くんが一人座っていた。足をベンチの上に乗せ、背もたれにもたれかかっている瞬木くん。私はキョロキョロと辺りを見回す。瞬木くんと自分以外誰もいない。念のためもう一度見る。誰もいない。「……(…ええええーーーーーー!?)」あ、あの瞬木くんが…あの爽やかで誰にでも優しい笑顔を向けて練習熱心でまるでお兄ちゃんみたいな瞬木くんが????言ったの?????今の言葉を????????マジで??????????

驚きすぎて物凄くテンションが上がってしまった。だって今まで私、瞬木くんに何度も慰められたし、私のくだらない話を笑顔で聞いてくれていたあの人畜無害爽やかボーイな瞬木くんがあんな言葉を吐きながら自動販売機を蹴ったって信じられるわけないし。いやでも実際に見たんだけどね!!眠気も一気に覚めた。これは見てはいけないものを見てしまったな。…そうだ、見なかったことにしよう。私はくるりとユーターンして自分の部屋を目指そうとした。その時、…その時…私が持っていたパンツを、パンツさえ落とさなければ…いや、落としてもいい。落としても良いが、そのパンツが瞬木くんのいる曲がり角のほうへ転がっていかなければ…いや、転がっても良い。転がっても良いが私があの時悲鳴をあげなければ、こんなことにはならなかったのに…。



「風呂入ったの?」
「…はい」
「またあのダサいパンツはいてるの?」
「ち が い ま す」


あの日以来瞬木くんは素で接してくるようになった。素で接してくる…聞こえはいいが実際は最悪なだけだった。瞬木くんは裏表の激しい性格で、普段みんなに気を遣っている分ストレスもそれなりに溜まっているそうで。そのストレスを私で発散するのが恒例行事になっていた。まことに遺憾である。今日も何かあったんだろうね、はぁ。



「皆帆がさ、ムカツクんだよな」
「はあ…」
「探るような視線向けられて参るよ。何を考えてるのか分からないあの眼も不快だ。しかも最近は真名部まで同じような視線を寄こすからイライラするんだよ。…アイツは財布のこともあったし余計に苛つく」
「そうですか…」
「でも真名部がそういう視線を俺に向ける理由は何となくわかって笑えるんだよな」
「ほう…」
「……苗字さ、返事だけしてれば俺の機嫌とれるとでも思ってんの?」
「思ってません!」
「はあ」


瞬木くんはわざとらしくため息を吐いて、私を手招きする。ため息をはきたいのはこっちの方だと内心思いながら、仕方なく瞬木くんに近づいた瞬間、視界がくるりと回った。驚いて目を瞬かせる。私の視界には天井と瞬木くんしか映っていない。…状況なんて、すぐに判断できた。お、お、押し倒されてるーーーーぅ
えっえっえっ、と声を上げる私を見て瞬木くんは意地悪く笑う。私の両腕をきつく掴みあげると、彼はおかしそうな調子で話し始めた。


「皆帆はどうか知らないけど、真名部はさ。俺が苗字サンにこういうことしてるんじゃないかって思ってるみたいだよ?」
「へ?」
「最近君の反応も面白くなくなってきたからね。…真名部が思い描いたようなコト、やってみようか?」
「は、はい?」
「その聞き返し飽きた。泣きながら抵抗するなりしろよ、燃えないだろ」
「そ、そんなこと言われましても突拍子もなさ過ぎて聞き返すことしかできないよ!です!だいたいこういうことはそんな遊びでやるものじゃないんだよ!ですよ!」
「……遊びのつもりはないんだけどな」
「へ?」
「聞き返すな(バシッ)」
「痛いっ!おでこ叩かないで!」



その日瞬木くんは「興ざめ」とか言いながら私の上から退いてくれたんだけど、私は彼があの言葉を言った時の表情が忘れられなかった。…いろんな表情の瞬木くんが見れて嬉しいと思っている自分を見ないようにしながら、今日も今日とて瞬木くんの愚痴大会(やさしめに表現してみた)に付き合うのであった。




20130912
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