年齢操作
充くんなんかきらいだ。
そう繰り返し、子供のように声をあげて泣きながら風呂場に閉じこもる名前に聞こえないよう時枝充はため息をついた。
大学生になると、身近な人たちとお付き合いをしなければならなくなる。いわゆる飲み会への参加だ。時枝も、もう子供ではない。そういう席では当然酒も飲むし帰りが遅くなるのも仕方ない。この時期は特に、飲み会が多い。ほとんど毎週のように帰りが遅くなる日があるため、仕方ないとわかっていてもため息をつきたくなる。
それでも毎回、二次会へ連れて行かれそうになるのをなんとか断り終電直前の電車に飛び乗り帰るのは、家で待っている可愛い彼女のため。
背負っていたリュックをおろし風呂場の扉を数回叩く。「名前」名前を呼ぶが、返事がない。ドアノブをひねってみるが、動かない。
「ねえ名前、出てきて」
「……充くんなんかきらいだ」
「どういう理由で怒ってるのか、ちゃんと名前が言ってくれないとわからないでしょ」
「……」
カチャっと鍵を開ける音がした。時枝が扉を開けると不貞腐れながら視線をさまよわせている名前の姿があった。とりあえず彼女の頭を撫でると、眉を寄せた名前は時枝を恨めしげに睨んだ。
お酒が程よく回っているため身体がほてる。空調を弄りながら時枝はソファに腰掛け、隣をぽんぽんと叩いた。名前は少しだけ渋っていたが、少しすると時枝と距離をあけて同じようにソファに腰掛ける。
「名前は、なにが嫌だったの」
「……」
「言わなきゃ、分からないよ。オレが、遅く帰ってきたこと?」
「………」
「…飲み会に参加したこと?」
「…………」
「オレがいなくて寂しかったこと?」
「っ、全部っ!ほかにもあるけどっ」
いつもより話し方が雑だった。ふぅと息を吐いた時枝は、名前の肩に手をかけて彼女の身体を自分の方に向かせる。
「全部、教えて?」
「………だって、…」
「だって?」
「…なんか今日の充くん、意地悪」
「話逸らさないで」
「……、ううっ…。だって、…だって、飲み会、女の子もいるでしょ?充くん、酔っぱらってるし…そういう席だと、みんな酔っぱらって楽しくなるんでしょ…?」
充くん、かっこいいから、だから女の子たちがお酒の力に身を任せて近づくんじゃないかとか、私のいないところで、楽しそうに女の子と話したりする充くんを想像したら寂しかったの。一人で充くんの帰りを待ってたら、悲しくて悲しくて悲しくなって堪らなかった。
そう顔を真っ赤にしながら投げつけてくる名前を時枝はたまらなく愛しく思った。
「可愛い」
「…充くん、酔ってるよね?」
「酔ってない。名前、ほんとに可愛い」
「う、…さ、寂しかったんだから」
「オレも嫌いって言われて寂しかった」
「…酔ってるでしょ」
「酔ってない。ほら、寂しかった」
「…ごめんね充くん」
「ゆるさない」
「わ、ぁ」
時枝が名前の手を引くと、名前の身体はたやすく時枝の方に倒れこむ。そのまま抱きしめると、名前の身体は分かりやすく固まった。
いつもより数倍は強引な時枝の姿にときめきを感じずにはいられず、赤くなる頬を隠すために名前は彼の胸に顔を埋める。
「充くん、ごめんね。嫌いなんて、嘘だよ」
「知ってる」
「…うん、」
充くんだいすき。
その言葉を飲み込むように、二人は重ね合わせる。微かに香るアルコールのにおい、ソファの柔らかさ、とても心地が良い。
20140425