時枝くんとの待ちあわせは、いつも彼の方が早い。いつも彼を待たせてばかりだから、少しでもと思い到着時間を早めても、彼は必ず私より前に待ち合わせ場所にいて。…いったい彼はどのくらい前から待ちあわせ場所に来るのだろうか。気になった私は待ちあわせ時間の一時間前にその場に待機していた。いつも私を迎えてくれる時枝くんがいない待ち合わせ場所は、なんだか私にとってとても不思議な空間だった。


季節が冬から春になったとはいえ、外はまだ少し寒い。春服の隙間から冷たい爽やかな風が吹き込んできて身体をぶるりと震わせる。しきりに時計を気にして今か今かと彼を待つ。くしゃみを一つ。さすがに一時間前は早すぎたかもしれない。

ここは待ちあわせの定番のような場所だから、先ほどからたくさんのカップルが幸せそうに手を繋いでここから去っていく。それを恨めしげに眺めながら時計を見る。待ちあわせの時間まであと10分。おかしいなぁ、時枝くんはいつもならこの時間には待ち合わせの場所に来ているはずなんだけど。…もしかして、なにかあったのかな。 

不安に思って携帯を取り出した時だった。遠くに、見慣れた髪色。時枝くんが走ってこちらに向かってきた。


「すみません、お待たせし、ま…した」
「と、時枝くん、?」


肩で息をしながら申し訳なさそうにこちらを見てくる時枝くん。いつもの余裕が感じられなくて、少しだけ戸惑ってしまう。何かあったのだろうか。


「大丈夫?時枝くん」
「寝坊、してしまって…お待たせしてすみませんでした…」
「そんな、まだ待ち合わせ時間じゃないし大丈夫だよ?」
「でも、先輩…鼻が赤いですよ」

時枝くんが、携帯を握りしめていた私の手に触れる。優しく包まれて、胸がぐるっと踊った。


「手も、こんなに冷たいし…もしかして相当前からここにいました?」
「そ、そんなことないよ!私も今来たところだし…」
「……先輩は嘘が下手ですね。とりあえずそこのお店に入りましょう」



包まれた手はそのまま、時枝くんに連れられ近くにあった喫茶店に入った。時枝くんは入ってすぐに店員さんに紅茶をふたつ注文して、それから空いている席まで私を連れて行ってくれた。時枝くんは私が喫茶店にきたら必ず紅茶を頼むことを知っている。



「一時間も前から待っていたんですか」

時枝くんが少しだけ目を見開いた。届いた紅茶を飲みながらこくりと頷くと、時枝くんがはあと息をこぼす。

「…すみません」
「どうして謝るの?時枝くんは遅れてなんていないし、一時間も前から待ってた私がおかしいんだよ。ごめんね…」
「いや。元はと言えば俺のせいですし、」

時枝くんはそう言葉を濁したあと、テーブルの上に乗っていた私の手を先ほどのように上から包んだ。


「俺は名前先輩を待つのが好きなんです」
「え?」
「先輩が来るまでの間、今日は何をしようかとか、先輩はどんな服を着てくるんだろうとか…そういうことを考える時間が好きなんです。そしてなにより、」
「……」
「嬉しそうに笑いながらやってきた先輩を見るのが、とても好きなんです。だから、先輩は俺に申し訳ないとか、そういうことは思わなくても大丈夫です」


優しく顔を緩めた時枝くんは私の手を優しく撫でて、そしてまた包んでくれた。彼のまっすぐな言葉がすこしだけ恥ずかしくて照れてしまいながら、時枝くんの手から伝わる優しい温もりを確かに感じる。


「私も時枝くんが待ち合わせ場所にいないと、なんだかとてもそわそわして落ち着かない気分だったよ」
「俺たちは今まで通りが一番なんでしょうね」
「そうなのかもしれないね」

でも、私を待たせないために一生懸命走ってきてくれる時枝くんを見ることができてとても嬉しかったよ、と言うと時枝くんは少し恥ずかしそうに視線を泳がせて、敵わないなと小さくこぼした。私も、時枝くんにはいつも敵わないよ、という言葉は飲み込んで小さく笑った。

ティーカップの中の紅茶は、もう空だ。



20140416
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