さくらの君 | ナノ

01


江戸川 律(えどがわ りつ)は、この春から西第二高校の生徒になった。
指定の薄暗い青シャツ、黒い学ランに腕を通した律は、高校生活へ期待を膨らませて……いなかった。


「憂鬱。なんでこんなバカ高校に…。」


入学式のため高校へ足を運ぶ最中、同級生であろう学生がちらほらと視界に入る。陽気で明るく、高校生活へ期待を膨らませたような少年ばかりだ。律の独り言は正しく、西第二高校は偏差値が低く、すんなりと入ることができる。揺るぎないバカ高校なのだ。
バカ高校、と見下すには理由がある。律は元々学力が高く、西高校Aクラスに入れるレベルなのだ。西高校は、大学進学率90%以上の進学校。そのクラス分けはA〜Cと偏差値や進学・就職希望で分けられる。Aは偏差値が高く、完全な進学クラスだ。
そんな律は、とある事情で西高校の受験に落ちてしまい、行くつもりが微塵もなかった西第二高校に通うことになってしまったのだ。


「桜のピンクが憎い。」


キッと桜を一瞥すると、重い足取りで西第二高校へ向かうのであった。



* * *



入学式後、溜息をついている男は一人。やはり、江戸川律だった。
西高校Aクラスレベルの律は、教師の希望の星だった。優秀な生徒が入学した!と気分を良くしている教師にも、律はほとほと呆れていた。
こんな高校に明日から毎日通わなければならない、そう思うと今朝よりも足取りが重い。


「タイミング良く咲いてるなー、桜…。どこにでも咲いてる。」


まだ通学路を定めていない律は、今朝と違う道で帰宅していた。
今朝も桜が咲き誇る道を歩いていたが、帰りはそれより立派な桜並木を突っ切るコースだった。失敗した、と心で白目をむく。


「桜、綺麗だよなー!って、今お前も思ってた?」


このバカっぽい声は!
キッと声の主に目を向けると、やはりそうだった。西第二高校の生徒だ。派手好きでヤンチャな生徒が多い西第二高校の中でも、目立つような派手さ。派手なピンク色の頭に、大きな猫目で派手な顔立ち。唇にはシルバーに光るピアス。黒い学ランの下には指定シャツではなく、ピンク色のパーカーを着ている。
その派手な男子は、桜木の間にあるベンチに寝転がっていた。


「え、いや別に…。」
「この時間帯に歩いてるってことは、お前1年だよな?俺も1年。入学式どうだった?」


ベンチに寝転がったままの男子は、まだ話しかけてくる。律は嫌そうな顔をしつつも、足をとめた。


「1年だけど。どうもこうもないよ。普通。長くてつまんない。」
「だよなー!俺さ、ずっとここで桜見てたんだよ。今日って超天気いいじゃん?桜日和じゃん?つまんない入学式出るよりよっぽど有意義だと思ってさー。」
「(めっちゃ喋るなこいつ)あー、そうだね。」
「お前もこっち来いって!一緒に見よ!」
「は?!」


勢い良く上体を起こした男子が、手を全力で振る。桜並木を見にちらほらと人がいて、ここで彼を無視すると居心地が悪い気がした。律は渋々、男子の隣に腰掛けた。近くで見る男子は余計に派手で、チカチカと眩しい。桜よりも、目に焼きつくようなピンクの髪。普通の人とは違う、なぜかそう感じてしまう。


「俺、阿久津 潤(あくつ じゅん)!お前は?」
「江戸川 律。」
「リツ!よろしくー!俺入学式サボったから、リツが最初の友達だ!」
「俺入学式出たけど、阿久津が最初の友達だよ…一応。」


こんなヤンキーと友達だなんてごめんだ!と内心思いつつも、潤のペースに飲み込まれる。潤の笑った顔は、格好いい顔立ちだけれど可愛いと少しだけ思ってしまった。


「そういえばリツ、なんでずっとムスッとしてんの?俺が話しかける前から変な顔してた。」
「…この春は憂鬱で、朝からずっと桜を見る気分じゃなかったんだよ。それなのにこんなに満開。」
「えー!俺は桜好きだから、その気持ち分かんないなー。」
「…でも桜の色より阿久津の方が鮮やかなピンク色してて、今はもうちょっとどうでもいいかも。」


なんでこんなこと話しているんだ?と内心戸惑う自分がいつつも、律はふわっと微笑んでいた。それにつられ、潤はまた花が咲くように笑う。


「まじ?それ超うれしー!桜より俺の印象が勝ったって感じ!俺もさ、こんなに桜がキレイな日にリツと出会ったから、こんな出会い一生忘れねーと思う!」
「は?忘れていいし。馬鹿。」
「馬鹿とは何だー!リツも第二高じゃん!馬鹿だろ!」
「俺は入試満点だから。」
「天才かよ…。」


馬鹿と会話するのはやっぱり疲れる、という思いと、馬鹿と話すのは少し楽しいという思いが律の中で天秤に計られる。1日気を張っていたからか、疲れが勝り、律は腰を上げた。


「俺入学式出て疲れてたし、帰る。」
「そっかー!またな!律!」
「あー、うん。じゃ学校で。」


嬉しそうに手を振る潤に軽く手を挙げ、桜並木を後にする。
疲れているにも関わらず、家に帰る足取りは今朝よりもずっと軽かった。

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