03
「お前が先輩の何を、知ってんだよ!!!」
放課後の、部活動に励む生徒の声が一瞬だけ消えた気がした。
相手の胸ぐらを掴みながら吠えた達也は、今朝から虚無感が胸にひっかかってしょうがなかった。
自分の知らない先輩を、彼は知っている。けれど、彼の知らない先輩を、自分は知っている。その妙な優越感と虚無感によりモヤモヤしたものが胸に残っており、こうして放課後になって彼を訪ねたのであった。
「何をって…。何だろうね。俺のことなんて知らないって、言われちゃったしなぁ。」
平然とした面持ちで、目の前の赤髪は話す。話すというより、誰も存在しない空間に向かって呟くような、そのような印象を達也は抱いた。平然な顔をしつつも、達也より虚無感に襲われているのかもしれない。
ーー悠介って本名で呼ばれたから、振り向いちゃったけどさ。
ーー君、誰?人間違いだよ、君のこと知らないし。
そんなこと言われたら、心がズタズタになって俺なら家に引き返しちゃう、と達也は思った。あくまで、Kynttilaの昔の知人なら……という前提だけれど。
そうやって薫の心情を考察していると、赤髪の視線がスッと達也の背後に移った。
「ギター?」
「は?あ、これ?そうだ!俺はKOWTの上手ギタリストだからな!」
「そうだよ!常識だよ、薫ちゃん!」
急に会話に乱入してきた派手な男を、達也は軽く受け流す。結城薫の赤髪と真反対の、真っ白な髪。彩度の高いピンク色のメッシュに、耳や眉に施されたシルバーピアス。結城の相棒・津北 準一(つきた じゅんいち)だ。
準一は達也と同じクラスになったことはないが、結成当時からKOWTのファンをしていて、インストアイベントやライブには毎回と言っていいほど参加している。そのため、準一と達也は学校では顔見知り程度の関係にあった。
「準一がよく聴いているバンドか。」
「そうだよ〜。KOWT!そういえば、薫ちゃん、一曲だけ知ってたよね。」
「知ってるというか……うん、まあ、弾けるんだ。」
そう言って、薫は目を伏せた。長い睫毛が印象的で、達也は一瞬見とれた。そういえば彼はかなりモテると、先日聖也が言っていたのを思い出した。『忘れられない人』がいるから、誰とも付き合わないらしいが……。
「ねえ、達也くん。ちょっとギター貸してくれない?薫ちゃんのギター聴きたいなぁ。達也くんも聴いてみたくない?」
「……望むところだ。弾いてみろよ。」
「え、ちょっと待ってよ…俺久しく弾いてないんだ。覚えてはいるんだけど…。」
いいから、と達也は背負っていたギターケースから白いギターを取り出して、薫に渡す。少し戸惑った顔をした薫が、ギターを持つ。表情に似合わず、仕草は慣れているようだ。
「本当に、久しぶりなんだ。」
そう言って、ギターをかき鳴らす薫に、達也は震えを覚えた。下手ギターの聖也よりは上。久しぶりじゃなかったら、自分より上手いのではないかと達也は内心焦りを感じた。そして何より、とても感情的に弾くのだ。それも切なげな表情で。
イントロのリフに、懐かしさを覚えながらAメロを少しだけ弾いて、薫はギターを返した。それ以上弾くのは、ナンセンスに思えたからだ。
「ギターありがとう。」
「くっそ…上手いじゃん。まじかよ。久しぶりとか舐めてんのか。」
「はは、いや、覚えてるもんだね。指が。」
「久しぶりって、お前いつの話してんだ?この曲、一回しかライブしたことねーぞ。来たことあんのか?」
Kynttilaは、この曲をあまりやりたがらない。何でも、想いのこもった思い出の曲らしく、音源として売ったこともない。
薫はギターを弾いていた時と同じような、切なげな表情を浮かべた。
「何年前かな……僕らが中学生の頃、かな。俺に作ってくれたんだ。」
「誰が」とは言わずとも、達也は察した。【僕ら】という響きが、ただただ達也の胸を締め付けた。
「やっぱり……俺の知らない先輩を知っていたんだな。」
放心気味の達也は、ぽつり、そう呟いた。誰かに向けるような風ではなかったので、薫や準一の耳には届いていなかったようだ。
「たっちゃん、ここにいたの?TUDEさんとまこさん、到着したって!早く!」
ギターケースを背負って走ってきた、達也の双子の兄でありながら、達也と真反対な温和な性格の聖也。彼の声も、今の達也には聞こえていなかった。しょうがなく、聖也は放心している達也の腕を引っ張る。
「 」
立ち去る瞬間、聖也は何かを薫に呟いて、見たことのない表情で薫を睨んだ…ような気がするが、聖也がそんなことするはずがない。聖也に連れていかれながら、気のせいだと達也は自己処理した。
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