待人たちの恋 | ナノ

02


教室の扉を開いた薫は、思わず扉を開く手が止まった。黄色い瞳が、薫の青緑色をした瞳を捉えて離さないのだ。その黄色い瞳は準一の黄色い瞳とは違い、鋭く細められていた。


「…春田?」


風紀委員長として校内を歩き回る薫は、全校生徒の顔と名前が一致していた。しかし、この春田と問いかけられた男に関しては自信がなかった。なぜなら春田は薫と同じクラスではあるが、ほとんど授業に参加したことがないからだ。


「春田で合ってる。俺が春田 柊(はるた しゅう)ってよく覚えてたね、風紀委員長さん。」
「俺のこと、知ってたのか。」
「もちろん。」


椅子から立ち上がった春田は、グイッと薫に接近した。それはクラスメイトの距離とは思えぬ距離で、少し屈んだ春田は薫の耳に唇を寄せた。


「だって風紀委員長さん、いっつも甘い匂いするんだもん。」


ニヤリ、と笑った春田は鼻で薫の首元を擽り、「あまい」とつぶやいた。背筋にゾクッと何かが走った薫は、篭った声を漏らし春田の肩を押した。普段あまり感情を顔に出さず、紳士の皮を被った完璧な男が顔を赤くしている。同性相手に。


「可愛いところあるんだね。はは。」
「…噂通りだな。」
「何の噂か知らないけど、頂戴よ。」


「持っているんでしょ?甘いもの。」


高校に入学してから、誰からも気づかれたことがなかった薫の趣味の一つ・お菓子作り。昔の癖で、気づいたらお菓子を作っていた薫は鞄に作ったそれを忍ばせていた。鼻が良いであろう春田は、その匂いに気づいていたらしい。薫は鞄を取りに行き、春田は椅子に座り直した。


「参ったな。甘いもの、好きなの?」
「すっごく好き。甘いものと住むところがあれば、生きていける。」
「なんだそれ。」
「その通りなんだよ。…ねえ、食べさせて。」


鞄から取り出したのはアップルパイ。包装を開けると、甘い匂いが広がった。口を開け、赤い舌を覗かせる春田を、性的な視線で見てしまうのはしょうがなかった。サクサクのパイ生地を砕く白い八重歯に、薫は既視感を抱いた。美味しそうに食べる春田を、ただただ見つめる。


「っあ?!」


不意に、薫が声をあげた。いつのまにか食べ終えた春田が、薫の指を舐めているのだ。声をあげた薫を見上げる春田の黄色い瞳は、色っぽくて目に毒だった。まるで誘っているかのようで、薫は生唾を飲んだ。それを見た春田は指を口から抜き、またニヤリと笑った。


「ヤる?」
「…校内での性行為は、規則で禁止している。」
「っは、お堅いねぇ。…なら、今度は風紀委員長さん家で、ご馳走になろうかな。」


ご馳走さま、と手の甲に口付けた春田は、棒立ちしている薫を置いて教室を出た。教室の外でしゃがみこんでいた準一を見下ろし、白い八重歯を見せて春田は笑う。


「お前の相棒、いい感じだな。」
「っ…薫に何したんだよ?」
「お前ビビって教室覗かなかったんだな。相変わらずのヘタレめ。」


言い返すこともできず、春田を見上げる準一の黄色い瞳に涙の膜が張る。


「春田ぁあ!!!」


呆然と棒立ちしていた薫が、追いかけるように教室から飛び出してきた。それも怒った顔で。


「風紀委員長さん、じゃなくて結城薫だ!」
「っ…知ってる。変なとこ根に持つなあ。じゃあね、結城とヘタレ。」




しかし、春田が薫の前に姿を現すのは一週間後だった。


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