笑顔のシュウマツ


 奇しくも週末の明日、世界は終末を迎えるらしい。


 突然テレビの全放送局で『終末放送』がながれてから3年。
 放送から3年後に地球が終わるという内容。何故滅ぶのかは理由が説明されていなかった。多分、不安を煽らないようにするためだろう。
 だけど、その日からテレビの右端には終末までのカウントダウンが表示されて、ああ冗談じゃないんだと感じた。
 暗い番組はやらなくなって、陳腐なお笑い番組ばかりが流れた。途中からはそれすらなくなって、再放送だけが流れた。
 最後にはテレビが壊れたけど、直す人がことごとく消えていて途方にくれた。
母さんと父さんは家を出た。友達も死ぬか家をでるかのどちらかだった。
 だから今、この町にいるのは俺ともう一人だけだと思う。他の人達はそれぞれ自分が終末を過ごす場所に向かって散り散りになった。結局、俺はこの町を何故か離れられなかった。
 開けっ放しの玄関に人影が見えた。いまさら、この家にくるなんてミナくらいしかいなかった。
「トキオ、遊びに来たよ……生きてたんだ」
 さらさらの茶色の髪に綺麗な瞳、なにより綺麗で穏やかな声は彼女をいっそう引き立たせた。
「こんにちは、ミナ……生きてるよ」
彼女は、壊れている。『終末放送』が流れた一週間後に彼女の父親は失踪した。その一年後くらいに母親は彼女と無理心中しようとしたが、彼女は助かってしまったらしい。
だから生きているのも奇跡、それだけでももよかったんだけど、彼女は死と直面してしまい少し性格が歪んでしまったみたいだった。
「へぇ……てっきり他の人達みたいにいなくなったか死んだかすると思ってたんだけど。さすが、トキオ」
「……ははっ。冗談きついな」
俺が自発的に死ぬことは多分彼女が生きている限りありえないのに。
 俺は彼女のことが好きだ。だから、死ぬなんてありえないのに。まあ、いうつもりはないけど。
彼女は気づいているだろうか、気づいていないだろうか。
「トキオ、明日で最後だね」
「そうだね」
「今までありがとうね」
「うん」
 リビングのソファに二人でぼんやりとすわる。世界は明日で終わる。時間が短く感じた。
「両親がいなくなって荒れてた私を助けてくれたのはトキオだったから、感謝してる。終末まで一緒にいてくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。多分ミナがいなきゃ途中でつまらなくなって死んでたと思う」
 終末まで生きて自分の人生は他人に支えられてできてるってことに気がついた。郵便屋もお菓子メーカーも、他人が作った物だった。だから、今食料が尽きているのは仕方がないんだけど。
「ねぇ、トキオ」
「ん?」
「明日一日デートしようか……世界が終わるまで」
笑顔で言ったミナに目をみはった。まあ、ミナは俺のことなんて好きじゃないと思うから、ただの冗談で「二人で遊びに行こう」って意味なんだと思うけど。
「うん……いいよ。でもデートなんてどこ行くの?」
「私が小さい頃に遊んだ公園とかさ、トキオの思い出の場所とかさ、そういう場所に行こう……昔を、見に行こう」
いいアイデアだと思った。頷こうと彼女を見たら、身体が震えていた。
「怖いの? ミナ」
「……ごめんね、トキオ」
 震える彼女の手を握る。涙が一粒俺たちの手の上に落ちた。
「トキオは怖くないの?」
「怖いよ……だけどさ、最後に見る顔が怖がってる顔よりも笑顔の方がいいと思わない? ありがとうってミナに言って笑顔で終末を迎えたい」
「そうだね……笑顔で、迎えようね。シュウマツ」
 涙をぬぐって、笑顔を無理矢理作ったミナをみて、俺はかなり悔しい気持ちになった。
 なんで、どうして。ミナが死ななくちゃいけないんだろう。悔しさに繋いでいない方の手を強く握りしめた。……俺も、まだやりたいこといっぱいあったのに。
 高校をでたら、大学に入って、彼女とかつくってキャンパスライフを送って。そんで適当な会社に就職して、結婚して、子供が生まれて。最後は憎めないおじいちゃんみたいな人になる、予定。そんなモノを頭の中で組み立てていた矢先の終末放送。
 俺らが今えがける将来なんて「どうやって、俺たちは死んでいくんだろ」「なんで世界は終わるんだろう」くらいだ。だって多分……誰も、助からない。
 だから、俺は明日彼女に最後言おう。

「ありがとう、今まで。君のこと――」

好きだったなんて、言う時間はないかもしれないけど。





シュウマツは、誰にでも平等に、訪れました。

joie様に提出作品です






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