「不思議の国につれてって」
妹が、そう、懇願してくる。
どうすれば、喜んで貰えるかを必死で考えていたのに、後ろからあの男の声がした。
「不思議の国なんてありゃしねーよ」
父親だ。帰ってきていたなんて知らなかった。
アル中の父親。
母親は、私たちをおいて逃げた。
私は、妹に「お母さんが逃げた」なんていえるわけもなかった。
だから
「お母さんは不思議の国に行ったんだよ」と。
そう言ったのに。
また、この男はぶちこわした。
「お父さん」
「酒もってこい。ほら。質問の答えは俺がだしてやったんだからな」
むかついた。
妹の手を引く。
「ねぇ、不思議の国に行こうか」
「行きたい!」
無邪気な子供。
その微笑みを見て、私はだんだん悲しくなってきた。
どうせ、ここにいても、残された道は父親の指示通りこき使われ、こき働かされるだけ。
父親は、昼間っから堂々と酒を飲み、のみ、際限もなくのんでいるのに。
なんで、私が仕事をやって、稼いだお金でお酒を買ってきて、父親にのませなきゃいけないのだろうか。
母親もいなくなり、もう限界だった。
「いこう」
妹をおぶり、そうっとキッチンのドアから外に出る。
あたりは少し薄暗いだけで、ふつうに視界は良好だった。
頼りになる人はいなかった。
だから、できるだけ遠くに行こうと思った。
走る。走る。走る。走る。
後ろに担いでいる妹は、すやすやと寝息を立て始めた。
父親から。早く。逃げなければ。
それだけを考えてただ、がむしゃらに走った。
なのに……
「おい」
ぱちりと目が覚めたら、家にいた。
あ……れ……?
私たち、逃げたんじゃ……。
妹は、ベッドの上ですやすやと眠っていた。
「ワイン買ってこい」
私は、その言葉で家をけり出された。
なんだ、ゆめか。
結局、逃げるなんてムリなのか。
妹は、父親のことが好きだ。
両親のことが好きだ。
なのに、夢の中の私は……。
いっそ、このまま、妹と父親の二人きりにしてしまおう。
私は、不思議の国に行こう。
不思議の国って、どこからいけたんだっけ。
童話をたよりにして、探し続ける。
とけいうさぎはどこ?
時計兔のしっぽが見えた気がして、私はかけよった。
そこには、おおきな穴があった。
人一人くらい入れそうな穴。
ああ、アリスってこうやっておちたのかな。
これで、やっと不思議の国に行けるのかな。
……妹と父親から、解放されるのかな。
(不思議の国なんて ありゃしないのに あわれな、少女)
(おわり)
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Chatelet様に提出させていただきます。
(11/02/22)