長い長い、ロングマフラーを首に巻き付けて、私は走る。
走る走るただはしる。

彼女に、追いつくために。

彼女は、転校生。名前を雪花と言った。
私は、最初から彼女のことが好きではなかった。
雪花は、白く美しい肌に黒い髪。ぱっちりとした目、かわいらしい顔を持っていた。
だから、私は彼女のことが好きではなかった。
私の友達は、何かと彼女にはなしかけたそうにしていたり、彼女のところに行ってしまったりもした。
寂しかった。
彼女は、転校してきて1日目にして人気者になった。
それに比べて私は。
私も、元は転校生だった。
でも、友達がなかなかできずに困っていた。
そんなとき、助けてくれたのがあかねだった。
『うちといっしょにあそぼ?』
おとなしい私と、明るいあかねはすぐに仲良くなった。
あかねとは、今でも仲がいい。
だけど……。

「聞きたいことあったら、うちに何でも聞き?」
「ありがとう」
雪花と、雪花に笑いかけているあかね。
一番大切な友人をとられた気がして、私の心は地の底まで落ちた。
雪花なんて、キライだ。
自分の中を嫉妬とかそういう負の感情がぐるぐると回った。
だめだ。だめ。
そういうことを、考えてしまってはいけないとわかっているのに、心は聞いてくれなかった。

多分、あかねは転校生に優しいだけなのだ。
私がいくらあかねのことを親友と思っていようともあかねがそうだとは限らない。
そんなことすら、今まで私はわかっていなかった。
雪花がこっちをみてきた。
だけど、私は無視した。
無視して、無視して、無視し続けた。
私は、あの子にだけは近寄りたくなかった。


自分の醜さを露呈してしまいそうで。


ある日、早く学校を出た。
すると。
校門の前で、雪花が待っていた。
「あのぅ、もしよければ一緒に帰りませんか?」
たどたどしく、話しかけてくる雪花を私はにらんだ。
だけど、今断ったら間違いなく私はいじめられるだろう。
いまじゃ、雪花はクラスの人気モノ。
その人のゆうことを聞かないってことは私が孤立するってことだから。
「……勝手にすれば?」
しかたないから、そう言うことにした。
雪花は、後ろをオタオタとついてくる。
ムカツク。
だれが、こいつと仲良くなんてするモノか。
「あのぅ」
うしろから、声が聞こえて振り向くと、雪花はずいぶんと後ろの方にいた。
雪に足がはまって抜け出せないらしい。
「助けてくれませんか?」
……小さい頃、一回だけ、私もやったことがある。
あのときはあかねが助けてくれたっけ。
こう考えると、いくらこの子でもさすがに助けないわけにはいかなかった。
手を貸してやると、雪から足を抜け出した。
「ありがとう、美冬ちゃん」
「なんで、私の名前知ってるの?」
「私、美冬ちゃんと友達になりたくて調べたの」
にっこり笑って、雪花は言った。
私は、彼女に少しだけ申し訳ない気分になった。
「でね、あのね」
雪花は鞄から小包を私に渡した。
「頑張って、あんだの。もし良ければ巻いてくれるとうれしいな」
包みの中から出てきたのは、長いマフラーだった。
「……考えとく」
私は、どうすればいいのか、わからなかった。
少なくとも、今まで私は彼女を嫌っていた。
それってやっぱりただのエゴなんじゃないか、って。
すごく複雑な気分だった。
だから、少しだけ時間がほしかった。


だけど、彼女には時間なんて無かった。


数週間後。
あのマフラーのあとから、雪花と私は一言も言葉を交わしていなかった。
これでいいのかと、自問自答してみたりもしたが、雪花が声をかけてこないのならこちらから声をかける義理も無いと思った。
だけど、いつものように校門をでると、いつかの日のように雪花がまた立っていた。
「美冬ちゃん。はなしがあるんだけど、いいかな?」
おどおどした表情の雪花。
話って何なのだろうか。
「私ね、あさって転校するの」
「!」
急に言われて驚いた。
「美冬ちゃんに言ったのがはじめてなのよ?……私ね、小さい頃から病気で、入退院繰り返してたのね?だけど、やっと良くなってきたからって学校に行かせて貰えるようになったの。でもね、最近、また病状が悪化して……それでね、今度はもっと大きい病院に治療に行かなきゃいけないの。だからね、転校するんだ」
泣きそうな顔で語る彼女。
私は、どう慰めればいいのかすらわからなかった。
「そう……なんだ」
「私ね、美冬ちゃんにあこがれてたの」
「え?」
どす黒い感情にまみれた私なんかをどうして。
「美冬ちゃんって、クラスの中心にいたじゃない。明るくって、優しくって。でも私のことはキライだったのね」
「……」
「ごめんね。美冬ちゃん。今のは、忘れて」
せいいっぱい、無理矢理の顔で笑う彼女に対して私はどうすることもできなかった。


ついに、雪花が転校してしまうひが、やってきた。
私は、学校をさぼった。
ぼんやりとねころんでいた。
善意がみしみしと音を立てていた。
このままで、いいのかな。
あの日、彼女が最後に言っていた言葉を思い出す。
『夜の7時20分発の電車に乗るの』
がばり、と起きあがり時計を確認する。
「6時……30分」
あの駅までの道のりは、最低でも60分はかかるだろう。
でも、私は。
かのじょにあわなきゃいけないから。


だから、今、私は走っている。彼女がくれたマフラーをなびかせて。
氷雨がぱらぱらと降ってきても気にしなかった。
「せっかー!!」
発車して、こちらの方向に走り出した電車の窓をのぞき込む。
雪花がいた。
氷雨にうたれても、気にせず、こっちを見ていた。
「せっかー!もどってこいよ!待ってるから!」
「うん!ありがとう」
雪花は、ふわりと笑った。
多分、それが私が初めて雪花の笑顔を見た瞬間だった。


雪花が残した春のような笑顔のせいなのか、2月なのに少しずつ雪が溶け始めている。
雪がこの町から、消える日もそう遠くはないだろう。
そうしたら、雪花も雪に足を取られずに歩けるだろう。
もし、こけそうになっても今なら私が支えてあげられる。

彼女が、帰ってくるその日まで、私は待とう。




(おわり)
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冬の断章さまに提出させていただきました。
(11/02/22)