「母ちゃんに前髪切られた」
むすっとして、不機嫌そうな顔の彼女は、今日は前髪をピンどめでとめて登場した。
「早くかえろ」
本当に機嫌が悪いらしく、無理矢理俺の腕をひっつかむと、強引に引いていく。
「どうしたの?急に」
「母ちゃんに、前髪、パッツンにされた」
「パッツンの何が嫌なのさ」
「全部」
靴を履き替えるときですら、いらいらしていて。
帰り道、手をつなぐと、爪を立てられてすごくいたかった。
「で、でなんだったわけ?結局」
「お母ちゃんにね」
「うん」
「かみ切ってね、ただしパッツンに成らないように……って頼んだら、絶対わざとなんだけど、パッツンにされた。ムカツク」
「……そんだけ?」
「うん。悪い?」
ギリリ、とにらみつけられても困る。
「まぁ、まぁ、落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょーが」
彼女の、前髪は以前はかなり長かった。
正直暗かった。うん。
だから、俺は彼女のお母さんに感謝したい気持ちになった。
……お母さんはまともな人だったんだな。
「でも、何でパッツン嫌なんだ?」
「日の光が目にまっすぐに入ってくるから。嫌」
「……」
そういえば、彼女は、日光というか光全般がキライだった。
そのかわり、暗いところが大好きだった。
おかげサマで、遊びに行ったりすると必ず一回はお化け屋敷につれてかれるんだけど。
いくらホラー好きでも、最近は夢に出てきたこともあるのでさすがにやめてほしい。
「でもさ、ほら。前髪ないと顔がダイレクトに見えるから俺的にはうれしいんだけど」
彼女は、可愛い。
なんで、その可愛い顔を前髪で隠しているのかを常々疑問に思っていた。
……ライバルが増えるのはいやだけど!
彼女の可愛い顔を一目見れば彼女に惚れるやつだって続出するかもしれない。
それは、嫌だ。
俺の彼女だし。
だけど、それとこれとをくらべたら、彼女を自慢したい気持ちの方が俺は高いわけで。
「別に、あんたのためにやってるわけじゃあないから」
「うん。わかってるけど」
やっぱり、ぶつぶつ言い続ける彼女をみながら、俺は笑顔でいってみた。
「ほらでも、パッツン、俺は結構好きだよ?」
その言葉を聞いて、彼女は一瞬ぽかんとした。
そして、にやりと笑った。
「わかった。、前髪のばすわ」
「なんでそうなるの?」
「あんたの好きにはさせてやらない」
ああもう。だから俺は、彼女のことが大好きだ。
「なんか、変なこと考えてない?」
「いや、別にかんがえてないよ」
「そう、それならいいんだけど」

彼女と俺は、つきあい始めて約1年のカップルだ。
俺が告白した。
まぁ、両思いだったのもわかってたしね。
それに、彼女の強気なところとかわがままなところとか。
ひっくるめて愛しいって思えるようになって、告白した。
勿論返事は オーケー。
だから、のんびりゆるゆる今でもつきあっている。

「ねぇ、ちょっと聞いてる?」
怪訝そうな彼女の声に、俺ははっと我に返った。
「ごめん。聞いてなかった。」
「明日の朝から一緒に行かないって言ったの」
むすっとした顔でつぶやく彼女の頬は赤くなっていた。
「俺はいいけど……。なんで?」
「バイバイだけだなんて、寂しいと思わない?」
なるほど。
俺は、彼女の言いたいことがわかって頷いた。

俺と彼女は、行きは別々だ。
彼女が朝弱いっていうのと、俺が部活があって早く行かなきゃならないからだ。
朝も昼も、彼女と俺はクラスは違うし、しかもお互いの交友関係だのなんだのあるので、滅多に会わない。
だから、普段は帰るときくらいしか会わないのだ。
それって、ふつうのカップルだと異常かもしれない。
……まぁ、俺らなら大丈夫だけど。
彼女がいっている「バイバイだけ」っていうのは、帰りしか挨拶をしないからだ。
俺らが普段、会うのは帰るときだけ。
帰るときに「こんにちは」っていうのもなんだか変な気がして、いっていない。
だから本当に「バイバイ」しかしていない。

「そうだね」
「よし!明日から頑張って早起きするね」
うれしそうな彼女の横顔を見て俺もうれしくなった。
「あ、家に着いたし……。バイバイ、また明日」


彼女と別れ、一人で歩く。
夕陽が地面をてらし、橙色にかすんだ地面はなんだかとても危うい気がした。
でも、僕は夕陽が好きだ。
彼女の髪が、のびるまでどのくらいかかるだろうか。
髪が伸びる前に、日光に慣れさせよう。
そして、二人でこの夕陽を見たい。

そんなことを考えながら、俺は一人寂しく残りの道を歩いた。



(おわり)
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ゆびさき に きす様に早速提出させていただきました。ありがとうございます。

(11/02/22)