空は少し橙色の霞がかかっている
ぼんやり空を見ていると、自分がおかれた状況も忘れそうだった。
委員長から逃げている最中なのだ。
今は図書室。多分見つからない。
「プリント提出まだなんだけど」
そう思った矢先に後ろからかかった声に俺は舌打ちした。
どうも、この人とは相性が悪い。
「提出してないの、佐藤くんだけだよ?」
「わかりましたよ!!いいんちょーさん」
いいんちょーさんの名前を未だに覚えていない俺は、いいんちょーさんを見ずにいった。
「そう?それならいいけど。提出今日までね。今日は書くまで居残り」
いいんちょーさんの妙に冷静な顔が鼻につく。
ムカつく。
別に、いいんちょーさんなんてどうでもいいし。
というか、いいんちょーさんとは最初から相性悪かったなぁと思った。



4月。
全員どこかの委員会には入らなきゃいけないってのでたまたま入ったのがこの委員会だったってだけだった。
去年までその委員会はラクだったと仲間の先輩の一人に聞いたから、図書委員会に入った。
だがしかし。
月一回の委員会活動、年四回の委員会誌発行、オススメ本の紹介などなど。
聞いてた話と全く違う委員会の実情をしることになった。
よくよく聞いてみれば、今年は委員長が驚くほど熱心な奴らしい。
親や教師達にとってみればありがたいかもしれないが、俺にとってはいい迷惑だった。
だから俺は最初の委員会に遅れて顔を出した。
正直、ムカついた。
誰が図書委員なんてやるかよなんて思った。
そもそもあんまり本なんて好きじゃねーし。
それでもきてしまったのは委員長がどんなのか気になったからだ。
きっと黒淵眼鏡をかけて、ミツアミをした地味な女子に決まってらぁ。
がらりとドアを開けると、みんなの視線が一気に俺に集まった。
教師はいなくて、代わりに教壇の前に立っていたのは何を隠そう、いいんちょーさんだった。
清楚な感じの綺麗なお嬢さん。
それがいいんちょーさんの第一印象で、思わず俺でも歓声を上げてしまいそうになるほどだった。
でも誰もが内面と外面、どちらもいいとは限らないわけで。
『遅い。さっさと自分の席について』
しかめっつらで言い放った彼女。
委員達の中からクスクスと笑い声が漏れるのも構わず、彼女は俺を無視して議題がどうだのとかそういう話をしはじめた。
俺はと言えば、女に叱られてしかも他の奴らに笑われて腹がたっていた。
ぶっすーとして会議を30分。
そして、手元に回ってきたのは一枚のプリントだった。
来月提出のこのプリント。
出さなければいいんちょーはどんな顔をするかなと思った。

あれから二ヶ月。
未だに白い紙を弄ぶ。
結局、いいんちょーさんに捕まった俺は、図書館の椅子に二人仲良く座っていた。
というと聞こえはいいが、ただ単にいいんちょーさんに「プリント書かなきゃ帰らせない」と言われたからだ。
「ところで、佐藤くんて一応私と同じ中学校出身なんだよね」
ぽつりと言われた言葉に驚く。
知らなかった。
いいんちょーさんは俺より一つ年上だ。
ということを俺の仲間に聞いた。
俺は自分で言うのもなんだけど、まぁまぁ先輩受けが良く上級生とも仲がよい。
「へぇ」
とりあえず軽く受け流す。
同じ中学にこんな可愛い人いたら間違いなく話題になっているだろう。
内面はともかく。
「反応薄いね……佐藤くんとも会ったことあるんだけど」
微笑まれながら言われる台詞に俺は驚いた。
「俺はいいんちょーさんと会った覚えないんですけど」
「まあ、覚えてなくてもしかたないから。……それより佐藤くん、プリント書いて。書くまで今日は帰らせない」
……俺が女であればときめいたであろう台詞。
というか清楚なお嬢さんのいいんちょーさんがいう台詞でもないだろう。
いいんちょーさん、外見お嬢さんなのに言葉使い荒いからな
「……その台詞使い方間違ってないですか?」
「ん?何のこと?」
いいんちょーさんは鈍感過ぎる。
多分恋愛ごととかしたことがないんだろう
「いや、いいんです別に」
いいんちょーのことを考えるのをやめて、真っ白な紙を埋める作業に入る。
プリントの内容は「好きな本の感想」
本なんて滅多に読まないのに、書けるわけがなく。
「いみわかんねー……」
俺は机に突っ伏した。
「佐藤は本とか読まないの?」
「俺、本より漫画とかドラマとかゲーム派ですから」
本当、こんなの書ける訳無い。
「……じゃ、仕方ない。手伝うよ」
いいんちょーさんは本を一二冊、本棚からとって俺の前に置いた。
「この本なら読んだことあるんじゃない?」
いいんちょーさんに問い掛けられ、俺はページをパラパラとめくった。
「……これ、教科書に載ってた奴……」
「そうだよ。それだったらかけるんじゃない?」
にやりと悪戯っぽく笑ういいんちょーさん。
初めて見る表情に少し顔が赤くなった気がする。
……いんや、気のせい。
俺がいいんちょー好きとかマジありえねぇし!!
「早く書いて帰っちゃいなよ?」
「……ありがとう、ございます」
とりあえずお礼を言って書きはじめた。
いいんちょーさんのおかげで大分紙は黒くなった。
「……まだまだ黒くないね……。でもまぁ合格にするよ」
言い方が癪にさわったが、気にしないことにした。
何より帰れることが幸せだった。
「ありがとうございますいいんちょーさん。ではでは俺は帰りますんで」
「ちょっと待って」
いいんちょーさんが立ち上がった俺の袖をしっかりつかむ。
「どうしたんですか?」
「女の子を夜道一人で帰らせるのは危ないと思わない?」
確かに、もう既に日は暮れて辺りは薄暗かった。
「……家、どこですか?」
いいんちょーさんに家の場所を説明された。
俺といいんちょーさんは以外と近い場所にすんでいるらしい。
「ここなら俺の帰り道だし、送っていきますよ」
「ありがとう!佐藤くん」
ニコリと笑ういいんちょーさんはやっぱり可愛かった。
「……どういたしまして」



図書館を出て、隣同士で歩く。
年上とはいっても、やっぱりいいんちょーさんは俺より背が小さい。
……もしかして、カップルに見えるんじゃないか。
「佐藤くん」
「ん?」
「私たちってカップルみたいだったね」
靴を変えながら、そんなことを言ったいいんちょーさん。
返事のしようがなくて、俺は顔が真っ赤になる。
2年と1年の下駄箱が離れていてホントによかった。
「いいんちょーさん、冗談きついですよ」
靴に履きかえて、いいんちょーさんに言った。
「……佐藤くんって私のこといいんちょーさんって呼ぶよねぇ……。出来るなら深山先輩て呼んでほしいなぁ」
「嫌です」
「じゃあ私のことは理香って呼んでいいよ。そのかわり佐藤くんのことりゅーくんって呼ぶから」
いいんちょーの名前は深山理香だ。
……今わかったんだけど。
そんでもって、俺の名前は佐藤竜。
というか、何で俺の名前なんか知ってるんだこの人。
「なんで、俺の名前なんて知ってるんですか?」
「そりゃあ委員長だからだよ」
確かにそうだった。
夜の闇の中を、二人で歩き出す。
冬は、日が沈むのが早くてすぐ暗くなるからめんどくさい。
「あのさ」
いいんちょーさんが、また、袖をつかんできたので横を向く。
「佐藤くん」
「なんですか?」
「つきあってください」
「何にですか?」
とっさのことであっけにとられた俺は、ついついそんなことを口走っていた。
本当、意味がわからない。
「え、え、え、」
俺にまさか、そんな反応をされるとは思ってなかったらしく、しどろもどろのいいんちょーさん。
おれだって、まさか告白されるとは思わなかったんだけど。
「えっと、だから……告白なんだけど」
「……で、どうすればいいんですか?俺は」
本当。聞きたくなってしまう。
馬鹿です、どうせ。
委員長のことは、確かに可愛いとは思うけど、つきあいたいとかそういうことははっきり言って思ったことが無かったわけでして。
って、言ったらいくら内面強気なこの人でも泣きそうだなとは思う。
「……いよ」
「へ?」
「つきあってもいいですよ」
いくらか、上から目線の物言いなのにいいんちょーさんは、ほおを赤くして、目をきらきらさせて、喜んでいるのがとってもよくわかった。
……というか、そんなことされると俺の方が恥ずかしいんだけど。



結局。
多分、俺たちはつきあい始めた。
でも、図書委員長と委員という、立場は変わらないわけでして。
「りゅーくん!また、プリント出してない!」
「やっば!見つかったっ!」
そんなこんなで、いつもおいかけっこ。
最終的にはいつも捕まるけど。
最初は、あまりいいんちょーさんのことを好ましく思ってなかった。
それでも、今ではいいんちょーのことがいとおしく思えるわけで。
不思議だよな、人間の心って。
いいんちょーさんに今日も追いかけられながら、俺は思い出し笑いをしていた。









(おわり)

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(11/02/21)