電車と心音
真っ白なキャンパスを羽根で埋めた、絵。
白いけどどこか黒くも見えるその絵は彼に似ていた。
その絵は、その後何かの賞をとった。
私は、やっぱり彼のことが好きだからこの絵がかけたんだと思った。
彼は、空気のような雰囲気を持つ子だった。
小学生のときからの幼なじみ。
隣の家に住む少年。
天使のように美しく、私は彼に少し恋心を抱いていたりもした。
まあ叶うわけなんてなかったけど。
小学生からモテていた彼だが、中学に入ると更に人気を増した。
美しい彼は、いつも女の子たちの中心にいて、笑っていた。
一方小学生のころから絵を描くのが好きな地味な私は、教室の端っこでそんな彼を密かに見つめていることしかできなかった。
お隣さん同士。本当は話したりしてもいいはずなのに、いつからか私と彼は目すら合わさず、登校の時間、下校の時間すらずらすようになっていった。
正直私には都合がよかった。なにせ彼は登下校するときは誰かといつも一緒。醜い独占欲の固まりだった私はそれを見る度に吐き気がした。
「嫌ダ。彼ガ私以外ノ誰カトイルノハ嫌」
そんな思いが渦巻いていたから彼が一人の時や家に帰っている時、そんな時でも私は彼に声をかけることができなかった。
小学のときはまだ気楽だった。地味とかみんな関係なく、同じような服を着て、偏見もなく、恋心を自覚することなく笑えていた。彼は私が話しかけると微笑んでくれてそれだけがうれしかった。
小学生の頃から身長が伸びただけ。頭が少し良くなっただけ。そんだけの違いなのに。何故私は彼とこんなに遠いのかな。小さい頃に指切りした指はあんなにも長くなって
なんだか、私だけおいてかれている気がした。
高校はたまたま同じ学校だったがクラスは違った。
登下校も彼はサッカー部私は美術部で全く会うことも無く、クラスが違えば彼を見かけることもなかった。
私はクラスから出なかった。自分が醜く惨めになるのが嫌で、嫌で。時折噂話で流れる彼の話が唯一の情報源だった。
私の中での彼の面影は少しずつ薄れていった。
彼の目、彼の鼻、彼の指、彼の髪。
ぼやけて輪郭しか見えなくなった彼のことをなぜか私は好きだった。
彼の声、彼の話、彼の言葉。
私の中に残っている「彼」はやはり私にとって天使で。かっこよくて。
彼の全部が好きなんだと再認識させられた。
終業式のあと、下校ラッシュから時間をずらして電車に乗ると彼がいた。
ぼやけた輪郭がはっきりした。電車の座席に座って俯き加減で本を読み乗っていた彼は、やっぱりかっこよかった。
昼下がりの田舎の普通電車の中には同じ高校の人どころか、この車両には優先座席に座っていたおじいさん以外はいなかった。
彼からできるだけ離れた日陰に私は座ると彼の方を見た。できるだけ気づかれないように、静かに鞄から本を出して本の影に隠れて、そうっと彼の方を見た。
記憶の中のぼやけた彼の姿より少し成長した彼はやっぱりかっこよかった。
彼の髪、彼の指、彼の鼻、彼の目。
記憶が塗りかえられるように、今度は記憶がぼやけないようにと願いを込めるようにじいっとみた。
だけど、彼に近づくことはできない。彼と私は生きる世界が違うのだ。暗く地味な世界に生きる私が明るく華やかな世界に生きる彼に手を伸ばしても届かないことはわかっていた。だから見るだけ。それだけでいいから、それだけなら、私にもさせてくれてもいいじゃないか。
大きな音がして電車は揺れて動く。私の心臓も同じ大きさでなった。
綺麗な瞳がこちらを向いたとき電車は駅に止まった。あと一駅。何故今こちらをみた?私の視線に気づいた?
赤い顔で本に視線を落とし、電車が発車する。彼の方をちらりと見た。また目が合った。
どうしよう、やっぱり気づかれていた。彼が急に席を立った。やっぱり気持ち悪かった?そう思ったのに彼は私の隣に座った。
最悪だ。心臓がとまりそうだ。
「ねぇ」
信号待ちらしい電車の中はかなり静かで、隣にいる彼の声が余計大きく聞こえて私は肩を震わせた。
言葉を返さない私に苛立ったのか、彼は私が顔を隠していた本を取り上げた。
「俺のこと避けてませんか?原田さん」
彼が私の名前を覚えていたのに軽く驚く。まあ名字くらいなら覚えていても、おかしくはないけど。なんせお隣りだし。だけど私の顔と名前を一致させることができるのかとなぜか少し驚いてしまった。
「……ねえ、聞いてる?」
「ははははい!ごめんなさい」
隣に彼がいると何故か緊張してしまう。彼はクスリと小さく笑った。……可愛い。
「あのさ……お願いだからちゃんと俺の話に答えてね?」
「はぁ……」
とりあえず頷く。何か重要な話をするのかもしれないし。彼は息を何故か整えると真剣に私の方を向いて言った。
「俺さ、何度か原田に会いに美術室に行ったのにいつもいなかったんだけど」
「そ、それは」
私は絵を描いてるときの姿がはっきり言って一番キタナイ。だから部員の人達が彼が来たと教えてくれる。そして真っ先に逃げる。
めちゃくちゃ恥ずかしいのだ。本当に。
「……まあいいけどさ。ねえ原田。俺美術部入りたいんだけど」
「は?」
「原田ともっと一緒にいたいんだ。登下校も一緒に行こうな」
「え?」
急展開過ぎて意味がわからなくなってきた私を彼が真剣な目でみつめる。
「俺さ、原田と一年離れて気づいた。原田の側にいたいし……それに自分に嘘つけない」
「ど、どういう……こと?」
「だからさ……俺、原田と絵を描いてる時が一番楽しかった。小学生の頃。あの頃には戻れないけどやっぱり俺絵を描くのが好きなんだ」
知らなかった。彼が絵を描くのが好きなんて。
それなら、美術部員の私に断る権利はないけど……やっぱり彼の近くにいるのは落ち着かなかった。
「え、と……わかった……けど……」
緊張して声が小さくなる。……あー本当嫌だ。
不満そうに首を傾げた彼は更に私に接近してきた……ところで。
『終点ー』
電車のアナウンス。私達がおりる駅。
焦った私は走って駆け出した。一目散に出口に向かう。
だけど彼が運動部ということをすっかり忘れていた。改札まであと少しというところで手を捕まれて微笑まれた。
「一緒に帰ろ」
「……」
本当に穴があったら入りたい。手を捕まれて硬直した私は彼に半ば引きずられるようにして改札を通り抜けた。
実は両片思い。
God bless you!様に提出
(11/03/28)
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