屋上にたって考える。
僕は、何人の役に立ったのかな。
――何人に迷惑をかけたのかな。
よれよれの制服。何年間きてたっけ、これ。
制服からは洗い立ての臭いがする。太陽の臭いっていうんだっけ?こういうの
「……」
屋上から下を見下ろす。行き交う人の群れ、群れ、群れ。
僕が自殺したらこの中の誰かが巻き添えをくらうのか。
それはわかっててやるとしたら事故なのかな?殺人なのかな。
屋上の縁に座り、一人下を見ていると入口のドアが開いた。
見るとそこには彼が立っていた。
「何?」
おどおどとして言葉も発しない彼を見つめる。
「言いたいことあるなら早く言えよ」
彼は何秒間か躊躇したのち怯えた目で口を開いた。
「――喧嘩したままで、わかれたくなかったんだ」
「それで?」
僕は冷たく言った。
別に僕は彼と仲直りしなくてもどうでもいい。なんでもいい。
随分長くなってしまった髪を弄り、彼に背を向けた。
「……死のうとしてるの?」
「別に。……何でさぁ、僕が屋上から下を見てたら死のうとしてることになるの?」
相手は言葉を詰まらせる。
本当、関わらなきゃよかったのに。僕なんかと。
「今日、卒業式だったのにいなかったからここかと思ったんだ」
何故お前がここにきたとか尋ねてすらないのに相手はそう呟いた。
「卒業式だから謝んなきゃって、式の間中ずっと思ってた」
「そんなのただの自己満足だろ」
「そうかもしれないけど、だけど俺、君と喧嘩したまま別れたくなかったんだ」
「で?」
「だから謝りにきた」
僕がちらりと彼の方をみると彼は頭を下げた。
「ごめん」
「そんなんで許されると思ってるわけ?」
こいつは僕に最悪なことをしたのだ。
頭を下げるのをやめてほしい。
そんなことされても意味がない。
「僕は、許す気ないよ」
「俺、あとちょっとで遠い大学行くんだ。多分ここにはもうこない」
頭を下げつづける彼をまた見た。
……結局、そうなんだ。
みんな僕から離れていってしまう。
「だから、君の入院してる病院を教えてほしい。……できるだけ、本人に会いたいんだけど」
相手の真摯な目を見返した。
そんなことしたって無駄なのに。
僕は目覚めない。絶対。
だって、今までも起きなかった。
「やだ」
「何でさ?」
「謝りにきたんじゃなかったの」
「謝りにきたじゃん」
もうわけがわからない。
「……何で、僕を教室につれてったの」
「君が、教室に行きたくない理由を知りたかったから」
苦笑いする相手を僕は睨みつけた


僕は、生きたまま死んでいる。
目が覚めると病院のベッドの横にいて、ベッドには僕が眠っていた。
最初はただの幽体離脱みたいなので普通に寝てるだけだと思ってた。
だけど、違った。
僕は卒業式の朝、事故にあってそれで意識不明で、眠り続けているのだ。
母が僕を見て涙を流しているのを見て、はっきり感じたこと。
僕は、多分生と死の境目にいる。
自分の身体に戻りたくても戻れなかった。
しかもだれも僕に気づいてくれない。
母も、ベッドで寝ている僕ばかり見ている。
僕は生きているのに、死んだように眠る方ばかり大切にして。
僕は逃げ出した。
行き先も考えず走りだしたら気づけば学校だった。
学校の屋上から下をみればだれもいなくて、今はいつなんだろうとか自分の髪を見ながら考えた。
手付かずの僕の髪は、シャンプーだけはやってくれているのか記憶の髪より大分長くなっていた。
しかも、母は少し老けていた。
だからもしかしたら僕は、浦島太郎みたいに取り残されたのかもしれない。
この学校には僕の知ってる人なんかいないのかもしれない。
その想像は当たっていて、学校に知っている人間は誰もいなかった。
誰も、知らない人でさえ僕の存在に気がついてくれない
だから、屋上で下を見ていた。死にたかった。
そんなときに彼が来た。
『……死のうとしてるの?』
随分前の話。

僕は、彼にしか見えない。
彼は僕の存在を証明してくれるたった一人の人だ。
もし。
彼が『本物』の方の僕を見てしまったら。
もしかしたら。
僕がみえなくなるかもしれない。
それだけはイヤだった。

「君はそんなに自分に合わせたくないの?」
「だって」
「俺は多分君が一生見えると思う」
「絶対に?」
彼は躊躇せずにはっきりと言いきった。
「絶対」
笑顔でそういってのける彼を僕はとてもこころ強く思った。
だから私は病院の場所を教えた
だけど、彼はもうここにはこないだろう。
彼はきっと私の本体を見た途端に私のことを忘れるだろう。
「じゃあ、また明日。君を見てからまたくるよ」
「……うん、また明日。さよなら」
手を振って彼はでていってしまった。


「また、明日……ね」
幾度この言葉を言ったんだっけ。
私を見える人は私の本体を見てそれから、私を忘れてしまう。
今回の人はかなり気に入ってたから忘れられたくなかったんだけどな……。
ため息をつく。
寂しくて膝を抱えてうなだれていると屋上のドアが開いて――





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忘れられたくないのに
(11/03/11)