ある冬の日の後悔 | ナノ
優しいあの子の本音



部屋に入ると、千鶴がマラカスを振って大盛り上がりしていた。


「ゆっきー遅いぞー!はい、マイク!」

「あれ?祐希、名字さんは?」


一人でやってきた俺を見て悠太が不思議そうな顔をした。


「帰った」

「え!?なっちゃん帰っちゃったの!?あ、メールきてるや」


名前はみんなに一斉送信していたらしく、要と悠太も携帯を見てあ、と声を漏らした。


「なっちゃん帰っちゃったのかー。ざーんねん。ま、しょうがないか!じゃあゆっきー!どどーんと歌っちゃって!」

「どどーんとって…」


無理やりマイクを握らされ、勝手に曲まで入れられた。すぐに画面の上に曲名が表示される。あの、この曲俺知らないんだけど…。それに今日はあんまり、歌う気にはなれない。


「俺まだいいや。千鶴歌えば?」

「じゃあ僕が歌います!!」

「え、」


向かいの席に座っている春が、俺の手からマイクをぶん取った。春が他人から物をぶん取るということだけではなく、カラオケが苦手なのに自ら歌うと言ったことにも驚いた。

マイクをぶん取ったりなんかして、春は怒ってるんだろうか。そんな気がしてイントロが流れている間もなんだか気まずい空気が流れる。そんな空気を感じ取ったのか、千鶴がもう一つのマイクを持ってヘラヘラと笑った。


「春ちゃん一緒に歌っていー?デュエットしようよデュエット!」

「………」


千鶴が話しかけても春は無視。「そうだよねー、一人で歌いたいよねー」と千鶴はヘラヘラと笑っている。今の千鶴は一歩間違えば泣いてしまいそうだ。春に無視されるなんてことは今までなかっただろうからショックだろうなぁ。

もうイントロが終わるというところで、ひっく、と大きなしゃっくりがマイクを通して響いた。今マイクを持っているのは春だけだから、しゃっくりは春のものに違いない。まさかと思いながら恐る恐る春の顔を見ると、目は完全に座っていた。そしてその座った目で俺をじーっと射抜くように見ている。左手でマイクを持っていて、右手には…やっぱり大きなジョッキが握られていて、中身のビールは既に残り少なかった。


「あ、春ちゃん始まったよ…?」


Aメロに入り、画面では歌詞の文字の色がどんどん変わっているのに、春は歌おうとしない。悠太が心配して声をかけようとしたそのとき。


「祐希くんは、今でも名前ちゃんのことが好きなんですよね?」


マイクを通して、春の落ち着いた声が部屋の中に響く。


「ちょっと春ちゃん!?」


千鶴が慌てて声を上げる。悠太と要も驚いていたけど、俺がまだ名前を好きなことに対してじゃなく、春がそれを俺に言ったことに対して驚いているみたいだった。


「高校生の時、僕があれだけちゃんと話した方がいいって言ったのに、二人とも聞く耳持たなかったし」

「………」

「変に意地張って、二人ともお互いがすごく気になってたくせに知らんぷりして!」

「春ちゃん…」


春は、持っていたジョッキを机の上にダン!と大きな音を立てて置いた。


「今だって祐希くん、名前ちゃんのことが大好きで、未練タラタラなくせにー!!!」


キーン!と嫌な音がした。春以外のみんなは慌てて耳を塞いでいる。確かにうるさいなとは思ったけど、俺は目の前の春をじっと見つめたまま、目をそらすことができなかった。春もまた、強い眼差しで俺のことを見つめていた。


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