ある冬の日の後悔 | ナノ
自分勝手な僕
ふわふわした意識の中で名前の声が聞こえた。
「祐希。ゆーうーき」
「んー…なに…」
「もー、みんな先にカラオケ行っちゃったよ?」
くらくらする頭をなんとか持ち上げると、目の前には名前がいた。だけどいるのは名前だけで、隣にいた悠太だけじゃなく、千鶴と要と春もいなくなっていた。
「おーい、起きてるー?」
名前は俺が寝ぼけていると思ってるみたいだ。だからわざと、ぼーっとした表情をして名前の顔を見つめた。
…あぁもう、やっぱり今もかわいい…。
「おーい。ゆーうきー」
寝ぼけているふりをしているのに気付いてはいないのか、今度は俺の顔の前でヒラヒラと手を振り始めた。そのせいでまた指輪がキラキラと光る。それをもう見たくはなくて、急いで名前の手を掴んだ。指輪を手で覆い、俺の視界から完全に消してやった。
「祐希…?」
「……………」
「どうしたの?気分悪い?」
「……名前、」
「ん?」
「俺……名前のことが」
「待って」
名前が少し大きめの強い声で俺の言葉を遮った。今までとは違う雰囲気に驚いて、名前の顔をただ黙って見つめることしかできない。
「ねぇ待ってよ。何言おうとしてるの…?」
「………」
「今さら、今になってさ、何言おうとしてるの…?私、私……もう結婚するんだよ?相手は祐希じゃない、別の人と」
「………わかってる」
「わかってないよ。言って祐希はすっきりするかもしれないけど、私は無理なの!」
さっきまでの穏やかな名前はどこに行ってしまったんだろうか。…原因は間違いなく俺なんだけど。
ゆっくりと名前の手を離すと、名前は上着とカバンを持って立ち上がった。
「ちょっと名前」
「帰る。千鶴たちには自分で言っとくから」
「名前待ってってば…!」
俺の静止の声に全く耳を傾けず、名前は店の外に飛び出した。続いて俺が店の外に出た頃にはすでに遠くにいて、今にも走り出しそうな勢いで歩いていた。慌てて走って追いつき、肩を掴むと思い切り振り払われた。キッときつく睨まれる。
「名前…」
「私の自惚れなんかじゃないよね。祐希が言おうとしたこと、当たってるはずだよ」
うん、そうだよ。俺は名前が考えていることを言おうとしていた。もうすぐ結婚してしまう昔の彼女に、後先考えずに告白しようとしていた。冷静になって考えてみれば、今言ったって名前を困らせるだけなのに。
「…ごめん」
「……私今日は帰るから、祐希は行ってきなよ。じゃあね」
名前は一度も振り向かず、足早に去って行った。名前の後ろ姿を見ると、なんとなくもう会えないような気がした。それにもし会えたとしても、名前とまともに話ができるとは思えない。
名前の姿が見えなくなるまで見送ってから、千鶴たちがいるカラオケ店へと向かった。
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