その手をずっと | ナノ
授業中に手紙のやりとり
そうだ、転校生くんの名前わかんないから聞いとこう。
授業中にクラスの小さい女の子を探しながら突然ひらめいた私はちぎったノートにペンを走らせる。『名前何ていうんですか』と書いて後ろにまわした。
直後、「えっ」て声が聞こえてきた。転校してきてから2日目だし、普通に話もしたのに、なんで名前知らないんだって感じですよね、ごめんなさい。でも転校生くんなら笑って教えてくれる気がする。
しばらくして、くしゃくしゃに丸められた紙が飛んできた。なぜか浅羽くんのいる左斜め後ろから。ちゃんと机の上に乗ったし、コントロールいいな。
紙にはお世辞にもきれいとは言えないような字で『橘千鶴でっす!自己招介きいてくれてなかったの!?』と書かれていた。
おいおい字間違えてるよ、大丈夫?
あ、橘くんっていうんだ。千鶴だなんて女の子の名前みたい。
その下には橘くんのとは違う字で『浅羽祐希』と書いてあった。いや、君の名前は知ってるよ。
なんであんたも書いてんの、という顔をして振り向けば、ひらひらと手を振られた。ちがうよ!そういう意味じゃないよ!
『ごめん、ぼーっとしてたらおわってた』と書いてまた後ろに回す。しばらくしたらまた左斜め後ろから飛んできた。今度は頭に直撃。わざとか?わざとなのか?さっき手振ってくれたのを無視したからか?
浅羽くんを見ると、口元に手を当ててぷっと吹き出してた。そのくせ顔はいつものポーカーフェイス。ちょっとイラッとした。
『だめじゃん名字さん〜
下の名前なんていうの?』
『だめじゃん名字さん〜
ひらがなばっか使ってちゃ』
あ、ほんとだ。さっきの全部ひらがなだ。でもあれはしょうがないでしょ。
『名前』と買いて後ろに回す。しばらくすると、また頭に紙がぶつけられる。
『かわいい名前!』
『おれのはむしですか』
『はむし?俺のハムシ?なにそれ』
『名字さんおもしろい!』
『うわーこのひとかんじわるい』
『あさばくんひらがなばっかりですけど。ひとのこといえませんけど』
『じゃーおれもまねしよーっと』
『まねしないでください。ちづるはかかないんじゃなくて、かんじがかけないんでしょ』
『読みにくいからてきどに漢字つかって』
『名字さん敵度ってかけないんでしょー』
『ちづるもかけてないよ』
『たちばなくんそんなんで日本のじゅぎょーついてけんの?』
『ムリ!いまもなにいってんのかわかんない!』
『母国にかえったら?』
返事を書こうとしたら、チャイムが鳴った。見直してみると高2の字と内容には到底思えない。
「あーおもしろかった!名字さん意外とおもしろいね!」
「意外と?」
「だって見た目ちょっとこわいもん。ヤンキーのようなギャルのような」
「俺も思ってた」
「どっちもちがいますぅー」
「昨日うるさいって言ったときの顔もちょーこわかったし」
「確かにあれこわかったよね。口答えしたら胸ぐら掴まれそうだったし」
さすがに男の子にそんなことしません!てか女の子にもしませんよ!
ていうかわたしのイメージ…
「意外って言えば浅羽くんも意外だよね。普通に話してくれるし、しかもおもしろいし」
「…それほどでもないですが」
ん、これは照れてんのか?照れてんのか?無表情だから感情が読み取りにくい。
「それに女とか嫌いだと思ってたし」
「女の子が嫌いな男なんているわけないじゃん!」
「ちょっと、男でひとくくりにするのやめてもらえます?」
「なになにゆっきー、女の子嫌いなの?」
「全員が全員ってわけじゃないけど、俺女にはなりたくないね。めんどくさいし、どろどろねちねちしてるし」
「うわー私たち女のイメージ最悪だね」
「まあ名字さんはそういうのなさそうだし、さっぱりしてるから好きだけど」
「あ、それはどうも」
他の女の子に聞かれたら面倒だからちょっとドキッとした。たぶん、聞かれてないと思うけど。
「俺も名字さん好きー!」
「出会って2日で何がわかんのよ」
「男が女を好きになるのに」
「時間は関係ないんだぜ…!」と橘くんは言った気がする。チャイムが鳴って聞こえづらかったけど、鳥肌がたったから合ってると思う。
授業中、「さっきの続きやろーよ!」って橘くんに言われたけど、「この先生のときはやめといた方がいいよ」って浅羽くんが言ったのでやめになった。
確かにこの先生はこそこそ話にもすぐ気づくし、おまけに成績もすぐ下げるから要注意なのである。
もう眠くはなかったし、手紙のやりとりもしなかったので、授業中はほんとに長かった。
ちらりと浅羽くんを見ると、外を眺めてた。あー、イケメンは絵になるなあ。その横顔は、かっこいいと騒がれるのも無理はないなと納得せざるを得ないくらい、絵になっていた。
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