その手をずっと | ナノ
見透かされてる?



私はマラソン中に足首を捻ってしまい、祐希くんの好意に甘えて背中におぶさっている。祐希くんにお礼を言ったものの、恥ずかしくてそれ以降は何も話せていない。祐希くんも無言のまま、前を見て歩いていたけど、突然口を開いた。


「あ、東先生だ」

「えっ」


祐希くんの言葉に肩が跳ねて慌てて前を見ると、少し先にジャージ姿の東先生が立っていた。途中で体調を崩した生徒たちがいないか、一定間隔で先生が待機しているんだった。


「千鶴と要もいる」

「やだ、嘘!下ろして下ろして!!」

「えー…?」

「なんか楽しそうな顔してますね祐希くん!?」


これはまずい。知り合いにこんなところは見られたくない。東先生ならともかく、千鶴と要もいる。何としても避けたい。いやだ下ろしてと何度も言ってるのに祐希くんはそれを無視してどんどん足を進める。しかもさっきより歩く速度が早い気がするんですけど!?

祐希くんの肩を叩いたり必死に声をかけたりしたのに止まってくれず、東先生、要、千鶴の三人に気付かれてしまった。


「あっ、ゆっきーじゃん。……………え?なっちゃん?」

「名字お前………ぶっ」

「名字さんどうかしたの?」


体調でも悪い?と心配そうな顔をして近付いてきてくれた東先生。先生、今はその優しさが辛いです。

祐希くんの背中で小さくなっていると、息切れして今にも倒れそうな春ちゃんと、私に対して哀れみの表情を浮かべた悠太くんが後ろから追い付いてきた。


「名前ちゃっ、ぜーっはーっ、だっ、大丈夫、ですかっ?」

「うわー、名字さん…」

「もうやだ見ないでぇぇぇ!!」



* * *


「そうだったんだ。俺のせいで…ごめんねなっちゃん…………ぶはっ、もう無理!堪えらんねーっ!」

「お前っ、高校生にもなっておんぶって…くくく……うおっ!危ねぇな名字!」


千鶴はお腹を抱えて大笑いし、要は声を押し殺して笑っている。要に笑われて物凄くイラッとしたから祐希くんにおんぶされたまま手を思い切り振って叩こうとしたけど、要の眼鏡をかすっただけで傷を負わせることはできなかった。うわ、むかつく。


「その状態で睨まれても全然こわくねーっつーんだよ」

「……………っ」

「名字さん今俺の耳元で要の悪口言いまくってたよ」


―――カシャッ

突然のシャッター音に祐希くんと同時に振り向く。千鶴が携帯片手にニコニコしながら私たちを見ていた。


「「……千鶴?」」

「はーい、なっちゃんとゆっきーもっと笑ってー!」

「橘くん、携帯持ったまま走ってたの…?」


次々と千鶴が携帯のカメラで私と祐希くんの写真を撮り出した。こんな状態で笑っていられるわけないでしょーが!

「ほんとやめてってば…!って祐希くんはなにバッチリ顔決めてんのよ!ピースできないからって口で言わない!いえーいでもない!!」

「はいはい名字さんも笑って笑って」

「笑えるか!」



「悠太くん、名前ちゃん荒れてますね…」

「普段こんなにいじられたりしないからじゃない?慣れてないから余計に恥ずかしいんだよ」



* * *


「それじゃあ俺と春は先に行くね。ほ ら春、あと少し頑張ろ」

「はい!名前ちゃん、お大事にしてくださいねっ」

「ありがとう春ちゃん〜。春ちゃんだけだよ、笑ったりバカにしたりしないで心配してくれたの」


千鶴たちを一通り睨んだけど全然効いてなかった。今日の私の立場は弱すぎる。


「じゃあおろすよ名字さん」

「あっ、うん。ありがとね」


祐希くんがゆっくりとしゃがんでくれて、久しぶりに私は自分の足で地面に立った。さっきのお返しとして千鶴の頭を支えにした。ついでに指先に力を入れる。


「痛いよなっちゃん〜…」

「さっき散々バカにした罰よ。我慢なさい。うふふー、私の握力はこんなもんじゃないんだけどなー?」

「目が全然笑ってないこわい!!」


名字もっとやれ、と要は千鶴がいじめられていて嬉しそうだ。…ほんといい趣味してるよ要は。

一通り千鶴をふと祐希くんを見れば、ふぅ、とため息をつきながら肩をぐるぐるとまわしていた。その姿に頭を深々と下げる。


「本当にごめんなさい……」

「え?あぁごめん、別にそういうつもりじゃ…」

「今日のお前、強気になったり弱気になったり大変だな」


本当に申し訳がないです……終わったらジュースでも奉納しよう。


「はい、じゃあ松岡くんたちに続いて塚原くんたちもあと少し頑張って」

「せんせぇ〜もう無理です!お腹痛い〜」

「甘えは通用しないぞー!さっさと走りなさいな」

「くそぅ、なっちゃんはもう走らなくていいからってひどいよー!」


お腹が痛いと言いながらも、少ししたら3人はちゃんと走り出した。3人に向けて大きく手を振る。


「またあとで会いましょーう」

「ったくいいご身分だな…」

「タダ券もらえてもなっちゃんには一口もあげねーかんな!」

「千鶴にはもう無理だよ…。ていうか俺たち本気でビリ争いしなきゃだよ」


しばらく3人を見送ったあと、近くに停めてある東先生の車で学校まで送ってもらえることになった。少しだけ緊張しながら助手席に座る。


「先生の車きれいですね!」

「そうかな?ありがとう」


東先生らしい丁寧な安全運転で車は静かに進む。流れる曲は私が聞いたりはしないような大人っぽい曲で、音量も小さめですごく落ち着く。そんな空間にリラックスしていると先生が口を開いた。


「そういえば、名字さんと浅羽くんって付き合ってるの?」

「はっ、えっ、どっ、…ちですか?」

「あぁごめん、祐希くんの方」


思い切りどもってしまった。恥ずかしい…。


「……どうしてそう思ったんですか?」

「うーん、なんとなく。いつも楽しそうな表情してるし」

「私そんなに顔に出てますかね…」

「あ、祐希くんがね。あまり表情には出ないけど、名字さんといるときは楽しそうに見えるなぁ」

「あー、そうですか…へぇ…」


どうしよう、素直に嬉しい。顔がニヤけそうで慌てて太股をつねった。……痛い。


「それで、付き合ってるの?」

「そっ、そんな!まさか!」

「そうなんだ」

「……東先生には何もかも見透かされてる気がします」

「え?」


東先生には勝てない気がする。いろんなことにおいて。



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