その手をずっと | ナノ
どこが大丈夫なんですか
「なっちゃんちのお茶ちょーだい!」
「………いいけど」
要以外の4人が水筒のコップを差し出してきた。一体なんなんだろうと少し警戒しながらそれぞれにお茶を注いだ。
「飲みやすいですね」
「うん。よく冷えてておいしいし」
「…でも味薄くない?」
「ちょっと祐希くん。」
人のお茶を飲んだくせに文句を言う祐希くんをじろりと一睨みした。
「これからマラソンなのに私の分減っちゃったじゃない」
「じゃあ俺んちのあげる!」
「ちょ、千鶴なに混ぜて」
「「浅羽家のもどうぞ」」
「あっ、こら」
「ちょっとみんな…!」
「何してんの春。松岡家の麦茶もちゃんとお返ししないと。祐希、」
「まかせて。ほら、俺が入れたげるよ」
「…………。」
祐希くんがみんなのお茶を私の水筒の中にとばどばと注ぎ込んだ。量は増えたけどこれを飲むのはちょっと…。
「ったくお前ら、まだ茶の飲み比べしてたのかよ。そろそろマラソン始まるぞー」
要の一言で私たちはぞろぞろとグラウンドへ向かった。
* * *
「よーい…スタート!」
パーン!とピストルの音が鳴ってみんな一斉に走り出した。出だしからスピ ードを出す気がない私たちをどんどん周りが抜いていく。
「ちょっとなっちゃん!早く走んないとタダ券もらえないよ?」
「いいよ私は…走るのしんどいし。ね、祐希くん」
「うん。俺も」
「お前らほんとに学校行事も乗り気じゃねぇのな…」
「私はわりと学校行事好きだよ?文化祭とか体育祭とか。でもマラソンは走るだけでイマイチやる気が出ないっていうかー…」
「もういいよ!俺だけでタダ券もらうから!明日のお昼はちーさまだけタダ飯だぜ!みんなはせいぜいお金払ってタダ飯の俺をうらやましそうに見ながら食べるといいわ!」
「じゃあ明日は千鶴以外は教室で食べようか。ていうか千鶴が上位なんて無理だろうけどね」
「ゆっきー!!!」
怒った千鶴が祐希くんを追いかけ始めた。あー、そっち逆走だよ。最後まで体力もつのかな…。
騒がしい2人を尻目に要と並んで静かに走る。
「……そういえば要ってさ」
「あ?」
「メガネなのに運動もできるんだね」
「お前喧嘩売ってんのか」
「あ、間違えた。『頭いいのに運動もできるんだね』の間違いだ」
「どう間違えたらそうなるんだよ!」
今のでお前のせいで余計な体力使っちまったじゃねーか、と文句を言われてしまった。私の扱い千鶴並みにひどくない?
「要っちどーん!」
「うわっ!…こんの小ザル!!」
千鶴に抱き着くようにして後ろからぶつかられた要は、怒って千鶴を追い回し始めた。千鶴ってよく追いかけられるなぁ。それに君たち、マラソンはまだ始まったばっかだよー。
「名字さんまだ息上がってないね」
千鶴に追い掛け回されて離れていた祐希くんが戻ってきた。祐希くんの方こそ全然息は上がってない。
「まだ大丈夫。もう少ししたら歩くかもしれないけ「じゃあその時は迷わず放っていくよ」
「……早いよ言うのが」
「最後はなっちゃんどーん!」
「う、わっ!痛…っ、」
千鶴が要の時と同じように後ろから抱き着くようにしてぶつかってきて、その時にバランスを崩して左足首をぐきりと変にねじってしまった。
「やっぱりなっちゃんは要っちより柔らかいですなー」
「千鶴、今のはちょっとアウトだよ」
うぅ、やばい、やっぱり痛い。足をくじいてしまったみたい。まだ半分も走ってないのに…。
「ゆっきーもやってみなって!なっちゃんほんとに柔らかいから!」
「俺は変態になる気ないんで」
「それは俺を変態だって言いたいのかぁ!」
2人のやり取りを見ながらも足のことがバレないように走る。…でもやっぱり痛い。先生がいたらリタイアしようかな…。
「おい、どうした名字」
要だ。要が立ち止まったので、私もそうしてゆっくりと後ろを振り返った。
「え?なにが?」
「顔色悪いし…足どうにかしちまったか?」
「え…」
要の眉間にシワが寄せられる。要は鋭いなぁ。自分で言うのも何だけど、気付かれないようにはしてたはずなのに…
「なっちゃんの足がどうしたの?…はっ、もしや要っち、なっちゃんが美脚だからって触りたいとか言うんじゃないでしょうな!」
「どうしたの千鶴、絶賛変態中だね」
「絶賛発売中みたいに言うな!」
で、どうなんだよ、と要にじとっと見られたけど必死に平然を装った。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」
「どれどれー?」
千鶴がしゃがんで私の足を見る。
「確かに怪我はなさそうですなー」
「怪我は千鶴の頭の方だよ」
「うるさいゆっきー!でももし何かあったら俺がなっちゃんを先生のところまでおぶって………いたたた!お腹いたい…!」
「うわ、嘘くさ…」
「ひどいよ千鶴。名字さんをおぶるのが嫌だからっていくらなんでもそれは…」
千鶴が横腹を押さえて前屈みになった。嘘くさいと言ったものの、顔を歪めているからどうやら本当に痛いみたいだ。
「実はさっきから俺も…」
「ダメじゃん要っち…」
「誰のせいだ!お前らがあんなに麦茶飲ませるからだろ!いてて…」
「そういえばずっとお腹の中ちゃぷちゃぷいってる…」
こりゃだめだ。祐希くんは平気な顔してるけど2人はキツそう。ほんとにリタイアしちゃうかも。
「ほら、そろそろ走るぞ」
要の一言で、私たちはさすがに走りだすことになった。でも走ればすぐにまた私の足の異変に気付かれてしまう。…そうだ。
「私もお腹いたい…」
「なっちゃん大丈夫?」
私はお腹を抱えて、ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。
「少し休めば治ると思うから先行ってて」
「えっちゃん、俺たちもお腹いたいしそれくらい待つよ!」
「ほんとに大丈夫。治ったらすぐに追いかけるから、ねっ」
「…無理すんなよ名字」
「要のくせに優しい〜」
「それだけムダ口叩けるなら大丈夫だな」
無理しないでねー!と言いながら去って行く千鶴手を振りってから、膝に顔を埋めて目を閉じた。ゆっくりだけど少しずつ3人の足音が遠くなる。しばらくして顔をあげると、3人の姿はすっかり小さくなっていた。
立ち上がって、左足を庇いながらひょこひょこと歩き出した。ゆっくり歩いても痛いもんは痛い。
「あー、痛い…」
俯いて、固い地面に向かって呟く。当たり前だけど、意地を張って1人になっても足首は痛くてたまらない。でもここで弱音を吐いてもなんにも変わらないから、俯きながらも無理に足を進めた。もう少し行けば先生がいるはず。あとで千鶴たちに会ったら、千鶴たちと別れたあとに捻挫したからリタイアしたってことにしよう…。
「まったく、どこが大丈夫なんですか」
その声に俯いていた顔をあげると、呆れ顔の祐希くんが私の前に立ちふさがっていた。
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