その手をずっと | ナノ
なんだかんだで優しい



放課後になって、トイレの帰りに他のクラスの友達と偶然会って廊下で喋っていたら、いつの間にか1時間も経っていた。慌てて友達と別れ、教室に置きっぱなしだった鞄を取りに戻ると、祐希くんが1人で教室にいた。…もしかして待っててくれた?1時間も待たせちゃったのは悪いと思うけど、1時間も待ってくれるなんて…!


「…待っててくれたの?」

「え、違いますけど…。悠太を待ってるんです」


いや、なんとなくわかってた。なんとなくわかってたよ!?

…それにしても、敬語で否定されると本当に冗談じゃない感じがしてちょっとだけ辛い…


「…なーんて、嘘。名字さんを待ってたんです」


うわ、そんなの、反則だよ…。


「…そういうのさ、あんま女の子にしない方がいいよ」

「なんで?」

「なんででも!」


まったく、祐希くんは無意識にいろんな人を落としそうだな。今はあんまり多くの人と関わってないけど、もし交友関係が広がったら、今よりもっと多くの女の子が祐希くんを好きになるかもしれない…。


「なーんーでー」

「…だーかーら、そういうこと言って、うっかり惚れられたらどーすんの 」

「………」

「なにその『そんなことしなくても実際多くの女落としましたけど』とでも言いたそうな余裕の顔は!」

「そんな顔してないから。ていうか名字さんよく喋るね」

「だまらっしゃい」


自分の鞄を持って帰ろうとすると、祐希くんが「待っててもらったくせに自分は先に帰るんだーへぇー名字さんの薄情者ー」って畳み掛けるように言ってきた。…私、祐希くんに口では勝てないと思う…。


「じゃあほら、早く鞄持って」

「まだ準備できてない」

「は!?私待ってる間なにしてたのよ?」

「マンガ読んでた」

「好きだねぇ…」

「名字さんはマンガ読まないの?」

「最近は読まないなー…1冊だけならいいけど全部集めるとなると結構お金かかるし」


そう言いながら祐希くんの前の席に腰掛けた。はっ、いつの間にか祐希くんのペースに…!


「ていうか喋る暇あったら手動かしてよ!」

「名字さん、俺のこと急かしたりしてまるで要みたい」

「えぇ、やだやめてよ」

「…そんなに本気で嫌がったら要がかわいそうだよ」

「要だからいーの」


せっかく手を動かし始めたのに、祐希くんはまた手を止めてしまった。


「あ、また手止まってる !」

「名字さんって、将来嫁イビりする意地悪な姑になりそう」

「先帰ってもいいですか」


普段の悠太くんの苦労がよくわかる。ほんっとうに手のかかる弟だ。ちゃんと見てないとすぐ違うことするし。

でもそんな祐希くんにも、頼りになる部分がたくさんある。


「…あのさ、さっきまで話してた友達に聞いたんだけど」


ちなみにその友達は1組の子。…私の元彼の橋下くんと同じクラスだ。


「祐希くん、私の代わりに橋本くんに何か言ってくれたんだってね」


祐希くんのおかげで、彼からメールで別れを切り出してくれたみたいだった。友達によると、突然橋本くんの元へ来た祐希くんは彼を連れてどこかへ行ってしまったらしい。帰ってきた橋本くんは、随分おとなしかったみたいだ。


「直接会って別れてもらうのは正直こわかったから、すごく助かった」

「………」

「ありがとう」


本当に、本当にうれしかった。橋本くんと話さなくてすんだことじゃなくて、祐希くんが私のためにそうしてくれたことが。

祐希くんはお礼を言う私の目をしばらく見たあと、ふいっと目をそらした。


「…なんか照れますね」

「そう?」

「…名字さんが素直にお礼言うなんて」

「どういう意味よ」


せっかくまじめにお礼言ったのに、これじゃいつもと一緒だよ。まぁ、私たちにはこれが合ってるのかもね。


「あ…名字さん」

「んー?」

「この前は、その…うっとうしいとか、いろいろ…」

「あぁ…ここで私に言ったこと?」

「うん……ごめん」


祐希くんは俯いていて、今どんな表情をしているのかはわからない。だけど、すごく反省してるのは伝わってきた。


「私あのあと本気で泣いたんだからね」

「だからごめんって」

「うわー、逆ギレ?」

「してないってば…」

「ごめんごめん、冗談」


そう言えばようやく祐希くんは私の顔を見てくれた。


「…ていうかさ、何であんなこと言ったの?あと確認だけど、あれ本気じゃないよね…?」


もし本気だったら私ほんっとに落ち込むよ?一週間は確実に立ち直れないよ。


「この間言ったこと、全部本心じゃないよ」

「そっか……よかったー…」


はぁ…と大きくため息をつく。本人の口から本当のことが聞けてよかったよ。


「ていうか、あそこまでキツイこと言わなくても良かったんじゃない?ほんとに辛かったんだから」

「だからごめんってば…。あれぐらい言えば名字さんが俺のことを嫌って、関わらないでいてくれるかと思って…」

「橋本くんにそうしろって言われたのは聞いたけど、別に言うこと聞かなくても良かったんじゃない?」


祐希くんは少し間を置いて、私の目を見ずに小さな声で呟いた。


「俺が名字さんに関わったら別れるって言われた」

「……… え、もしかして祐希くん、そうやって脅されて言うこと聞いてたの?」


祐希くんは否定も肯定もしない。黙ってるってことは、肯定ってことでいいんだよね…?


「ちょっとー、そんなことで?」

「そんなことって…。名字さんがアイツにベタ惚れだから、別れたらどうなるだろうな…みたいなこと言われたんだけど」

「は!?誰が誰にベタ惚れ!?信じられない…」

「バレンタインに、顔真っ赤にしてアイツに告白したんでしょ?」

「してないわよ!されたの!アイツ嘘つきまくりじゃん…」


ほんとに、私と祐希くんはアイツに相当振り回されていたらしい。ていうか、私の男運なさすぎじゃない?


「ほんと名字さんって男運ないよね」

「私も今思ってたとこだけど言い返せない…!」


私の男運はさておき、とりあえず祐希くんとの誤解が解けて安心した。


「さ、そろそろ帰ろ!」

「うん…あ、帰りに本屋」

「えー、行かないよ…」

「………」

「私は悠太くんほど優しくないの!行くなら一人でどーぞ」

「行こうよ名字さんもー。どうせ帰ったって暇でしょ?彼氏もいないんだから…」

「祐希くんだって彼女いないくせにー!!」


とりあえず祐希くん、これからもこんな感じで仲良くしてね。



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