その手をずっと | ナノ
いつものみんなと



昨日の夜、彼氏からメールがきた。あ、もう元彼ってことになるのかな。『別れよう』とメールの本文は一言だけ。直接会うのは怖かったからすごく助かった。とりあえず了承したことを伝えるために『わかった』とだけ打って返信した。

一昨日の放課後、別れてもらうために橋本くんを空き教室に呼び出した。私が祐希くんと話すらできなくてどんな思いでいたのか知らない彼は、ヘラヘラ笑いながら少し遅れてやって来た。そんな彼に別れて欲しいと言っても聞く耳を持ってくれず、何度言っても首を縦には振ってくれなかった。

少し私もカチンときて強めにもう嫌だと言うと、彼はなんと逆ギレして私の頬を思い切りビンタしてきたのだ。目の前の男は慌てて弁解の言葉を口にしていたけど、私はもう信じられなくなってしまった。知り合ってそんなに経っていないからそもそもあまり信用はしてなかったんだけど。

ちょっとビンタされたくらいであんなにビビっちゃって、自分で自分が情けない。でも怖いものは怖かった。親にもそういうふうに手を上げられたことがなかったから余計にだと思うけど。そんな中、彼の方から別れを切り出してくれて本当に助かった。

彼に返信したあと、ついでにアドレス帳から連絡先を消して、メールも全て消した。全然迷いなんてない。もう答えは決まっていたんだから。

でもどうして向こうは別れる気になったんだろう。一昨日の夜はメールや着信がすごかったのに。もちろん全部無視してやったけど。

彼は束縛がひどい男だったらしく、だから私が祐希くんと仲良くしているのが気に入らなかったんじゃないかと思う。

昼休みの屋上でお弁当を食べながらそんなことを考えている私は、千鶴の騒がしい声で我に戻った。


「今日こそ帰りにゲーセン行こーよ!新しくできたやつ!」

「そろそろ久々に任務でもこなしますか」


相変わらず元気な千鶴に祐希くんがのっかる。彼はゲームならほとんど得意らしい。前に家に遊びに行った時もテレビゲームしてたし……ってあれ、これ前も 言った気がする。


「祐希も行くし、俺もたまには行こうかな」

「そうこなくっちゃゆうたん!春ちゃんも要っちも行くよね!」

「僕も行きたいです!」

「俺も行く」

「なんだよ要っちノリ悪……ってえぇー!?要っち来るの!?」

「行っちゃ悪いかよ!」

「別にそういうわけじゃ…。なっちゃんも行くよね?」

「うん。私も行く」


みんなが私を見て笑った。みんなでこうして話したのは随分久しぶりな気がする。


「よーし、じゃあ午後の授業もがんばりましょーや!」

「千鶴は寝ないようにがんばんないとね」

「ゆっきーは人のこと言えないでしょ!」


あくびをして、すでに眠そうな祐希くんが薄く涙を張った目で私を見た。


「俺だけじゃないよ、名字さんもね」

「ちょっと、一緒にしないでくれる」

「あらこわい」

「なっちゃん怒らせたらこわいんだから勘弁してよー」


こんなふうに千鶴と祐希くんと話すのも久しぶりな気がする。3人でいつものように話してたら、要が「そういえばさ、」と割り込んできた。あ、いや、別に割り込んでくれて全然いいんだけどね。


「お前、彼氏大丈夫なのか?」

「え、何が?」

「俺たちとつるむの、よく思ってねぇみたいだったし…」

「あぁ、大丈夫 大丈夫」


要も要なりに気を遣ってくれているみたいだ。続いて春ちゃんも心配そうに私を見つめてきた。


「本当ですか?それで彼氏さんが怒って喧嘩になったりしたら…」

「それも心配ないから春ちゃん。だってもう別れちゃったし」

「はぁ!!?」

「要うるさいよ」


要の隣にいた悠太くんが両手で耳を塞いだ。要は確かにうるさい。少しは慣れたものの、やっぱりうるさい。


「えっ、いいいいつですか!?」

「春ちゃん落ち着いて。昨日のメールでなんだけど」


そう言った私に祐希くんが「へーえ」とわざとらしい声を出して、私の方をちらりと見た。


「最近はメールでそんなことまですましちゃう時代なんだね。楽な時代になったもんだよ」

「祐希はその楽なメールすらもめんどくさくて、要に返信しないけどね」

「やっぱりお前が俺に返信しない理由はそれか」

「てかさ、なっちゃんその人のこと好きだったんだよね?」


春ちゃんも千鶴に加わって、「どこを好きになったんですか?」と興味津々だ。私その人と別れたばっかりだからね?できたら、今はそっとしといて、時間が経ってから聞いてもらえないかな……あぁでも、別にいいか。全然ショックなんかじゃないし。


「正直言うと…好きじゃなかった……かな」

「えぇー!!?」


春ちゃんが発狂した。いや、発狂は言い過ぎかな。でもそれに近いものがある。


「お前好きでもねーのによく付き合えたな」

「あーまぁ…うん」

「そのわりには結構楽しそうにしてましたよね」


隣にいる祐希くんを見ると、ちょっとだけ怒っているような気がした。


「話すのは楽しかったしねー。好きになるかなぁ、って思ってたんだけど」

「ダメですよ名前ちゃん。お付き合いは、ちゃんと両想いになってからしないと」

「やっぱ春ちゃんは春ちゃんだなー」

「やめてください、僕は真剣に…!」

「そうだよね…。春ちゃんの言うとおりだよ。次からはそうするね」


そう言うと、プンプン怒っていた春ちゃんはにっこりと笑ってくれた。


「なっちゃんはさ、フッたの?フラれたの?」

「……フラれた」

「うわだっせー」

「うっさい要!」

「名字さんは相手から告白されたのにたったの一週間であっけなくフラれちゃったんだよね?」

「あの、祐希く」

「しかも直接じゃなくてメールで親指だけを使ってフラれたと。メールって便利だよねー。トイレの中からでも他の女と一緒にいるときでも、好きなときに彼女に別れを告げられるんだからさー」

「悠太くん!祐希くんがひどいー!」


悠太さんに助けを求めたけど、「かわいそー」と棒読みで返されただけだった。絶対かわいそうだなんて思ってないよね!


「これに懲りたらもう彼氏なんて作らないことだね」

「ゆっきーの言うとおり!なっちゃんに彼氏できたら遊べなくなるじゃん」

「でも本当に好きな人となら付き合ってもいいよね?」


春ちゃんは笑って「もちろんです!」と返してくれた。千鶴は腕を組んでうーんと唸っている。


「それでもやだ!ダメ!」

「は!?なんで!」

「俺も千鶴に賛成ー」

「祐希くんまで!」


要がどうでもよさそうに「勝手にやってろ」と呟いた。そんな!

そこで予鈴が鳴った。お弁当箱を持った悠太くんが立ち上がり、お弁当を広げたままの祐希くんと千鶴に片付けるように促す。


「ほら、そろそろ教室戻んないと」

「はいはーい!よし、あと2時間の我慢だ!我慢できなくなったら、なっちゃんの髪でもいじって暇潰しする!」

「人の髪いじる暇あるなら自分のどうにかしなよ」

「なんだとゆっきー!」

「とりあえず放課後は名字の傷心会でもしようじゃねぇか」

「かーなーめー!!」


やっぱりいつものメンバーが心地いい。



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