その手をずっと | ナノ
無意識のうちに



※56話祐希目線


机に突っ伏したままいつの間にか寝てしまっていたみたいで、チャイムの音で目が覚めた。目の前に名字さんが来て、「話があるから、ちょっと待ってて」と言われてしまった。授業がおわったら名字さんを避けて帰ろうと思ってたのに。

名字さんと千鶴はいつものように話をしている。…仲直りしたんだ。いつの間に…。

千鶴と話がすむと、名字さんはさっきの休み時間のときのように、前の席のイスに俺と向い合わせで座った。ちょっと近いなぁ。そう思って少しイスを後ろに引いて距離をとる。そんな俺と名字さんに挨拶をして、千鶴は帰っていった。


「あのさ、祐希くん。改めて聞くけど、昼休みに何があったの」


…始まった。どうやってこの場を乗りきろうか。無視し続けるのはさすがにもうキツい。


「名前!」


廊下から名字さんの彼氏の声が聞こえてきた。呼び捨てにしてるんだ。ふーん…。名字さんを独り占めにして、呼び捨てにもして、いい気なもんですね、彼氏っていうのは。こっちはあんたのせいでこんなことになってるっていうのに。

2人は今日放課後に会う約束をしていたらしい。でも名字さんはそれを忘れていて、ざまぁみろと思った。でも結局約束は明日に先伸ばしになてしまっただけで、2人が会うことに変わりはない。

視線を感じて名字さんの彼氏を見ると、俺を思いきり睨んでいた。他の男に威嚇してないと繋ぎ止めてられないなんて、よっぽど余裕がないんですね。心の中で嘲笑っていると、やっと名字さんの彼氏がいなくなった。

もう教室には俺たちしか残っていない。名字さんは俺に必死に話しかけてくれている。それをどうにか無視し続けた。俺に愛想をつかせて帰ってはくれないかと何度も思ったけど、名字さんがそうする気配は一向に感じられなかった。悠太はもうみんなと帰ったみたいだし、助け船を出してくれる人は誰もいない。


「祐希、」


急に呼び捨てにされたから、びっくりして名字さんの目を見た。嬉しそうに彼女は微笑む。その笑顔を見ると、今まで無視していた自分がものすごく悪者のような気分になってしまった。


「やっとこっち見てくれた」


そう言って、今度はにっこりと笑う。止めてください、目がそらせなくなる。ずっと、名字さんを見ていたくなってしまう。

そんな衝動から逃れるためにポケットから携帯を取り出すと、両手を名字さんに握られてしまった。体が強ばる。触れられた手が、すごく熱くなった。名字さんの手はほどよく暖かいのに、俺の手はどんどん熱くなる。まるで発熱でも起こしているみたいに。無言で名字さんを見た。一瞬盗み見るだけのつもりだったのに…ほら、もう目が離せない。

少ししてから、名字さんはゆっくりと俺の手を離した。


「もう昼休みのことはいいや。言いたくないなら、無理に言わなくてもいいし」


そう言うと、名字さんは黙り込んでしまった。少し俯き、きょろきょろとあちこちに目を動かす。だんだんと目が潤んできた。


「なんで、」


声が震えている。


「なんで急に冷たくなっちゃったの?」


今にも消えてしまいそうな、頼りない声。


「普通に、楽しく喋ったりしたいのに」


もう、喋らないで。


「私のこと、嫌いになっちゃったの?」


違う。


「何かあったなら言ってよ、直すし、謝る、から…っ」


ぶわりと大粒の涙が名字さんの目から溢れた。泣き止もうと必死に呼吸を止めようとしてたけど逆効果だったみたいで、体を揺らしながらしゃくりあげる。ふと、名字さんは俺の様子を伺うように顔をあげて俺を見た。顔は赤くなり、ぼろぼろと目から涙を溢し、頼りなさげに下がった眉。俺が泣かせたくせに、守ってあげなきゃと思った。誰かに対してそう思ったのは、初めてだった。

それにしても、本当に顔が赤い。触れれば、俺が想像している以上に熱いんだろうなぁ…。


「っ、え…?」


思わず手を伸ばして、両手で名字さんの顔を包み込んだ。真っ赤な名字さんの顔は、予想以上に熱くてびっくりした。俺が名字さんにこんな顔をさせているのかと思うと、すごく胸が痛い。泣き止んでほしい一心で、涙を手で拭った。それでも拭いきれなくて、今度はカーディガンの袖で、名字さんの涙をそっと拭いた。

俺は弟だから悠太にこうされたことはあったけど、誰かにしたことはなかったから、すごく緊張して手が震えた。何より相手は女の子だし、真っ赤な顔で泣いているんだから。

やっと名字さんは泣き止んでくれた。小さな達成感から、心の中でよし、と一息つく。でも名字さんの右目からまた一筋、涙が流れた。自分で涙を拭う名字さんがあまりに小さくて、今にも壊れてしまいそうで、胸が締め付けられた。



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