その手をずっと | ナノ
まぶたの裏に浮かぶ
※54、55話祐希目線
今日は屋上に行くのを断って、1人教室で食べることにした。1人の方がいろいろと考えを整理することができるから。
でも、ちゃんとした結論を出すことはできなかった。とりあえず迷いや戸惑いはあるけど、あいつに言われた通りにしようと思う。名字さんに話しかけられても応じないことにした。
「祐希くん」
昼休みが終わりかけの頃、名字さんがやって来た。俺の前の席のイスに座って、俺のことをじっと見てくる。その視線に耐えかねて、携帯を弄るのをやめてからちらりと名字さんを見た。だけど、すぐに目線は携帯に戻した。携帯を弄ったりでもしていないと、思わず喋ってしまいそうだったから。
「橋本くんと、何かあった?」
いきなりそれ聞きますか。でもそれには答えられない。いくら俺が気にくわない相手だったとしても、名字さんが好きな男だし。
確かに自分の彼女が他の男とベタベタしていたら、文句のひとつでも言いたくなると思う。さすがに、それを相手の男にわざわざ言いに来るのは少し違うと思ったけど。
名字さんの好きな彼氏のイメージダウンになるようなことを彼女に言うのは、俺にはできなかった。
「ねぇ、無視しないで何か喋ってよ」
あなたの彼氏に釘を刺されたので、それはできません。
「ゆーうーきーくーん」
「………」
携帯の画面が名字さんの手で覆われた。…手小さいなぁ。少ししてから慌ててその手をはねのけた。
次に携帯を取り上げられた。意外としつこいな。むっとして、今度は窓の外を見る。いい加減、察してほしい。
「なっちゃんじゃん。おかえりー」
「千鶴!聞いてよ、祐希くん私のこと無視するんだけど」
タイミングよく千鶴がやって来た。千鶴の明らかな動揺ぶりに名字さんが感づいたみたいで、千鶴は名字さんに廊下に連れ出されてしまった。
やっぱり、名字さんを無視するなんて、想像以上にきつい。こんな愛想が悪くて最悪な男なんかさっさと嫌って、大好きな彼氏と一緒にいればいいのに。
少しして、廊下から2人の大声が聞こえてきた。
「嘘!香織に聞いたんだから!思いっきり叩いてたって!!」
「だから軽くって言ってんじゃん!!」
いつも仲のいい2人が言い合いをしていて驚いた。名字さんの彼氏との間に起こったことは言うなって千鶴には言ってある。もしかしたらそれのせいで揉めているのかもしれない。
千鶴を廊下に残し、名字さんだけが先に教室の中に入ってきた。近付いてきた名字さんと目が合う。目が赤くて今にも泣き出しそうな名字さんの顔から、目を離すことができなかった。
直接的な原因は千鶴かもしれないけど、きっと俺も名字さんにあんな顔をさせている。罪悪感からだろうか、胸がキリキリと痛んだ。
5時間目が始まってからも、名字さんから目が離せずにいた。千鶴はさっきのことを謝ろうとしているのか、必死に話しかけている。
千鶴が机を名字さんのイスにぶつけると、予想外なことにびっくりしたのか、名字さんの肩が大きく跳ねた。そんな姿に思わず吹き出しそうになっていると、俺の方に名字さんが振り向いた。さっきからずっと見ているから、ばっちりと目が合ってしまう。急いで目をそらした。
急に顔が熱くなる。誰にも気づかれたくなくて、机に突っ伏して隠すことにした。
まぶたの裏に、さっきの名字さんの顔が浮かんでしばらく消えなかった。
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