その手をずっと | ナノ
本当の私



カチカチと時計の秒針の音だけが教室に響いている。その音を掻き消すように、また秒針よりも早い速度で、私の心臓はドクドクと脈打っていた。


「あの……祐希くん」


私は急に祐希くんに手を引かれて抱き締められた。そんな彼に震える声で話しかけてみたけど反応はなし。

祐希くんの体は暖かくて、私の体にその熱が伝わってくる。お化け屋敷で手を繋いでくれたことはあったけど、今みたいにこんなにも近くで触れ合ったことはない。恥ずかしいけど離れてほしくなくて…私の心境はすごく複雑だ。

少しだけ体を動かすと、より一層腕に力を込められた。


「祐希くん、苦し…」

「!ごめん」


両肩を掴まれてがばりと引き離された。祐希くんに触れていた前身の暖かさが急になくなってしまって少し寂しい。

今のはどういう意味?
どうして私を抱き締めたの?

そういった思いを込めて祐希くんを見上げたけど、彼の瞳は私を映してはいない。祐希くんは無言のまま窓の外に目を向けている。


「あー、……そうだ、そろそろ帰ろう?すぐ暗くなっちゃうよ?」


祐希くんが黙ったままだから、不自然になりながらもどうにか言葉を発した。日はもう沈みかけていて、教室はオレンジ色の光でいっぱいになっている。

固まったままの祐希くんをよそに、私は自分の席に座って机の中から適当に教科書を取り出して帰る準備を始めた。沈黙に耐えきれなくて、さてと、なんて独り言を漏らしながら。

えーっと、明日は古典…あったっけ。あるなら持って帰って予習しなきゃなー。なんたって東先生の授業だし。


「名字さん」

「えっ、あ、うん?どうしたの?」


バカ、私動揺しすぎ。

俯いている祐希くんの表情は見えない。だらりと開かれた掌がぎゅっと握られたのが目についた。


「もう、俺と関わらないでほしい」

「……………え?」


関わるな?どういう意味?


「関わらないでって?話しかけたりするなってこと?」

「………」


やだ、否定してよ。

黙ってるってことは、肯定だって受け取るよ?私、せっかちだからさぁ…。


「どうして?」

「どうしても」


自分の席から立ち上がって、祐希くんに詰め寄ってやりたかったけど、情けなくもそうすることはできなかった。そうすればますます強く突き放されそうで、それがこわくて体が動かなかった。


「どうしてもって言われても…ちゃんとした理由は、」

「名字さんのことが、うっとうしくなってきたから」


今の本気なの?

冗談だよねって聞いても何も返してくれない。祐希くんから冗談だよって言葉が欲しかった。いつも私をからかっているように、最後には冗談だよって言って欲しかった。


「嘘でしょ、」

「嘘じゃない」

「私、何かしたかなぁ…?」


じわり、と涙が目に溜まる。ぐっとこらえて溢れることだけは耐えた。


「別に。俺が無視してもしつこく話しかけてくるし、そういうところじゃない?」

「うわ、適当……」


へらりと笑いながらぐず、と鼻をすすった。


「わかってないみたいだから言ってあげただけだよ」


いくら名字さんでもここまで言えばわかるでしょ、だって。普段もこれくらいのことを千鶴に言ってるし、私だって実際に言われたことはあるけど、今の祐希くんに言われると正直キツい。だって、こんなの全然冗談に聞こえないよ。


「そうやってさぁ、泣けばいいと思ってるの?」

「…そういうわけじゃ」

「まぁ、ちゃんとした理由を挙げるならそういうところかな」

「………」

「しつこいし、すぐ泣くからうっとうしいの、名字さんが。だから、もう俺と関わらないで」


最後にそう言い残して、祐希くんはリュックを背負って教室から出ていってしまった。いつもよりほんの少し、歩くスピードが速い気がした。


「うっとうしい、だって。いつもそう思われてたのかな…?」


全然気付かなかったよ。気付かずにいたから、祐希くんに毎日イライラさせていたのかもしれない。

急に身体中の力が抜けたから、机に突っ伏して鞄に顔を埋めた。


「結構、へこむなぁ……っ」


ボロボロと涙が溢れ出た。今さっきすぐ泣くところもうっとうしいって言われたばかりなのに、抑えることができなかった。


何が私はさっぱりしてる、だ。

本当の私はこんなにも弱くて、おまけにすぐに泣いてしまうんだ。

祐希くんが好きだと言ってくれたかつての私は、もうどこにもいない。



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