その手をずっと | ナノ
彼氏からの牽制



楽しい昼休みが始まってまだ10分も経っていないのに、どうしてこんな嫌な気持ちにならなきゃいけないんだろう。さっきまで静まり返っていた教室が一気にざわつき始めた。まさかこんなことになるとは想像もつかなかった。

せっかく機嫌がよかったゆっきーも今朝の不機嫌さに逆戻り。遠くの席にいた要っちと目が合う。このやろ、いたなら助けろよ!

ちょっとした事件が起こってしまったのだ。漫画やドラマのワンシーンみたいだな、と何度思ったことか。それにいきなりだったからびっくりしたよ。

事件は、5分くらい前に起こった。



* * *


「よっしゃー!昼休みー!」

「それじゃ行きますか」

「なっちゃん行こー」

「…あ、ごめん」


申し訳なさそうな顔をして、なっちゃんが謝った。昨日といい今日といい、よくなっちゃんに謝られる。


「今日は他の人と食べる約束してて…」

「……他の人って彼氏のこと」


え、どうしたの、ゆっきー怒ってる…?

いつもと違う雰囲気のゆっきーに、なっちゃんも戸惑いの表情を見せる。


「あ、うん…」

「いいないいな、ラブラブで!」


俺も彼女ほしー!と場の空気を和ませようと精一杯笑う。俺の言葉に、なっちゃんは苦笑いを浮かべた。


「噂をすれば、お迎えが来たみたいですよ!」

「ほんとだ。じゃあね、2人とも」


ばいばーいと手を振って俺はなっちゃんを見送ったけど、ゆっきーは無視。ほんとに、どんだけ拗ねれば気がすむんだよ!


「もーゆっきーってば、自分に彼女がいないからって、幸せな人に嫉妬したりしちゃ「なぁ、」


後ろから声をかけられて振り返ると、さっきまで廊下にいたなっちゃんの彼氏が目の前にいた。なっちゃんは近くにはいない。先に行ったのかな。


「な、なんでしょう?」

「ちょっとお前らに話があるんだけど」


近くにいた女子が橋本くんだ、と言った。なっちゃんの彼氏は橋本くんというらしい。

橋本くんはゆっきーを睨んだけど、ゆっきーはちらりと顔を見ただけですぐに携帯を弄りだした。それに橋本くんはムカついたみたいで、ひくりと口角を歪ませた。ゆっきー、ここは穏便に…!


「お前ら名前にべたべたくっついてるらしーじゃん。そういうの、もうやめてほしいんだけど」

「あー、そうですね、やっぱり彼女が他の男に触られるのはよく思いませんよねー…」


思わず敬語になる。敬語でしゃべれば嫌な気にはさせないと思ったからだ。くそぅ、俺のヘタレ!


「他の奴らとも仲良いみたいだけど、そいつらとは普通に話してるだけみたいだし、そういうのは別にいいんだよ」


だけどな、と橋本くんは続ける。


「お前ら2人は度が過ぎるんだよ。つかお前聞いてる?」


だん!と橋本くんがゆっきーの机を叩いた。やっとゆっきーが顔をあげて橋本くんを見る。

教室がしーんと静かになった。みんなの視線が突き刺さる。


「…聞いてますよ」

「あっそ。あとお前な、もう名前と関わんな」


橋本くんが小さな声で喋ったから俺には全然聞こえない。まだ何か話してるみたいだ。少ししたらゆっきーに話はすんだみたいで、橋本くんは俺の顔を見た。


「そこのちっこいの。お前は名前と話してもいいけど馴れ馴れしくべたべたくっつくんじゃねーぞ」


気がすんだのか、そう言い放った橋本くんは教室から出ていってしまった。

…つーか、ちっこいだとぉ!?なっちゃんの彼氏じゃなかったら今頃千鶴さまは大暴れしてるぜ!命拾いしたな、橋本くんよぉ!!ほんとにラッキーな野郎だぜ…!



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