その手をずっと | ナノ
浅羽家のバレンタイン
「ただいま」
「ただいまー」
「悠太くん祐希くん、おかえり」
家に帰ると、ニコニコ笑うエプロン姿のお母さんが玄関まで出迎えてくれた。俺と祐希の持っている紙袋を見て目を丸くさせる。
「あら、悠太くんそれどうしたの?」
「あー、学校でもらった」
「今日バレンタインだもんねぇ。祐希くんも?」
「………うん」
「祐希くんどうしたの?嬉しくないの?」
祐希の表情が暗いことにお母さんはすぐに気が付いた。さすが母親だ。ここじゃなんだから、とリビングに通される。
「祐希、1番仲の良い女の子からもらえなかったんだって」
「ちょっと悠太っ。それにその言い方…悠太も目の前にいたでしょ」
「もしかして、その女の子って夏休みにうちに来てた子?」
あれ、あの日お母さんと名字さんって会ってたんだ。
「まぁ…うん」
「ふふふ。祐希くんね、そのあとその子と一緒にお買い物に行ってくれたみたいなのよ」
「え、」
「ちょっとお母さん…」
ちょっとちょっと祐希くん。お兄ちゃん聞いてないよ?
「あの子のお名前なんていうの?」
「…名字さん」
「下の名前は?」
「…………名前」
「かわいい名前ねー」
…祐希の口から“名前”が出ることになるとは思わなかったなぁ。
「前から聞こうと思ってたんだけど…名前ちゃんって祐希くんの彼女?」
「えっ」
お母さん……。
やっぱりうちのお母さんって、ちょっと天然だ。祐希はそういう話を嫌がるのに、気付かずに話をすすめてしまう。
「なんだなんだ?祐希に彼女?」
「あらお父さん」
「……帰ってたんだ」
げ、と祐希があからさまに嫌そうな顔をした。お父さんはトイレに行っていたらしい。相変わらずの和服姿だ。
お母さんはくすりと笑って夕飯の準備をしにキッチンへ行ってしまった。
「その子可愛いのか?」
「……別に」
「別にはないだろー?ほら、どうなんだよ。内心可愛いと思ってんだろ?」
「いいでしょその話は。…ていうか関係ないし」
「関係ないだぁ?そんなこと言って、将来うちに嫁いでくるかもしれんだろ?」
うわ、話飛びすぎ。名字さんがうちに嫁ぐなんて想像もつかない。ていうかその前に祐希と付き合ってもいないし、まだどちらかの片想いというわけでもないみたいだし…。
「なに言ってんのこの人…!」
「お母さんはかまわないわよ?」
キッチンの暖簾(のれん)から顔を出し、もし名前ちゃんが祐希くんのお嫁さんになっても、とお母さんは付け足した。
「名前ちゃんいい子そうだものー」
「ほー…じゃあ祐希、今度その子うちに連れてこい」
「絶対に嫌。」
きっぱりと祐希が言い放つ。…そりゃそうでしょう。
「じゃあ悠太、お前が連れてこい」
「え、」
「悠太やめてよね。絶対に」
「あぁ、うん…」
「どうしてそう嫌がるんだよ。ったくチョコ貰えなかったぐらいで…」
うわ、お父さん聞いてたんだ…。
祐希はむすっと拗ねて、自分の部屋へと行ってしまった。お父さんも、祐希が嫌がってるんだからやめればいいのに。空気読めないなぁ。
「祐希はちょっとからかっただけでこれだからなぁ…」
「悠太くんは名前ちゃんから貰ったの?」
「まぁ…うん」
「どうして祐希くんは貰えなかったのかしら…」
心配そうな顔でお母さんは言った。
「友達にあげてたらなくなったみたいで…」
「なんだ、本命にもなれてないのかあいつは」
「もうっ、お父さん!」
「あぁでも、祐希は俺よりもずっと名字さんと仲良いよ」
そうフォローするとお母さんは嬉しそうに微笑み、お父さんはそうか、と言ってニヤリと笑った。
その後しばらくして、夕飯の食卓にて。
「はいっ、悠太くんにお母さんからのバレンタイン」
「ありがとう」
「はい、祐希くんも。祐希くんは名前ちゃんのは残念だったから、少し多めよ」
「…………。」
「まぁ祐希、女なんて星の数ほどいるさ!双子の兄貴に取られても落ち込むことはねぇ!たとえ“双子の兄貴”に取られてもな!」
「…………。」
やっぱりお母さんは天然で、お父さんは空気が読めないみたいだ。
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