その手をずっと | ナノ
みんなへのチョコ



「それじゃあ帰りますか」


6時間目終了のチャイムが鳴ってしばらく経った頃、祐希くんが立ち上がってリュックを背負った。教科書を持って帰らない祐希くんのリュックはいつもは薄くて軽そうなのに、今日だけはふっくらと膨らんでいる。その中身の9割は私が本人たちの代わりに渡したチョコレートだ。でもまだ入りきらないものもあって、それは机の中に置いていくみたい。


「…これ貸してあげる」

「いいの?」

「うん。今日もらった分は鞄の中に入るから」


今朝友達に渡すチョコを入れていた紙袋を祐希くんに差し出した。モテるってのも大変なんですねぇ。


「そういえば名字さん、機嫌直ったの?」

「…………はい?」

「なんか怒ってるみたいだったから」

「だから怒ってないってば」

「……………」


ふん、とそっぽを向いた。祐希くんはまだ何か言いたそう。だけど気付かないふりだ、うん。

後ろの席の千鶴を見ると、机にうつ伏せになって張り付いていた。なんだか面倒なことになりそうな予感。


「…ほら千鶴、帰るよー」

「やだ!」

「やだって…なに拗ねてるんですか」

「だって俺まだチョコもらってないもん!」

「それだと一生高校生やんなきゃだよ」

「なっちゃんひどい!!」


目にうっすら涙を浮かべてがばりと千鶴は起き上がった。……しょうがないなぁ。


「はい」

「え?なにこれ」

「千鶴への愛情たっぷりのチョコレートでーす」


千鶴いいなー、と祐希くん。その言葉を聞いた千鶴は、えっ、そう?少し嬉しそうだ。


「でもこれ友達にあげる予定だったやつじゃないの?はっ、もしかして友達にもらったやつ!?」

「…違うよ。私が作ったやつだし、それは元々千鶴の分だよ」

「なっちゃんありがとー!」


がたん、と大きな音を立ててイスを引いた千鶴は立ち上がり、勢いよく私に抱き着いてきた。

それと同時におーい…と少し気だるそうな要の声が聞こえた。春ちゃんと悠太くんが来ていて、要も既に廊下に出ていた。


「祐希くん千鶴くん名前ちゃん、帰りましょう?」

「春ちゃん!見て見てこれ、なっちゃんに貰ったー!」

「よかったですね、千鶴くん」


私からのチョコを持って春ちゃんに駆け寄る千鶴。嬉しそうな千鶴を見て、春ちゃんも一緒にニコニコと笑っている。

あ、そうだ。春ちゃんにも…


「はい、春ちゃんにもあげるー」

「えっ、名前ちゃんいいんですか?ありがとうございます!来月にお返ししますね」

「そんなのいいよー。気にしないで。はい、悠太くんもあげる。ついでだから要もー」

「ありがとう」

「俺はついでかよ」


せっかくあげたんだから文句は言わないでほしいな、まったく。


「………俺は?」


祐希くんが寂しそうにぽつりと呟いた。


「祐希くんはもう他の人からいっぱい貰ってたしなぁー」

「えー、悠太も俺と同じくらいもらってたのに…」


むぅ、と頬っぺたを膨らませた。うわっ、子供っぽい…。精神年齢いくつなのよこの子は。千鶴といい勝負なんじゃない?


「俺も名字さんのが欲しい」

「え、ほんとに?」


“名字さんのが”だって。今のは素直に嬉しいなぁ。


「でも全然おいしくないよ?それでもいいの?」

「うん。欲しい」

「しょ、しょうがないわね…」

「デレた!なっちゃんがデレた!」


まぁでも、私のが欲しいっていっても、本当に欲しいのはその“好きな人”からのなんでしょーね、どうせ。あぁ、私ってとことん性格歪んでるなぁ…。そういえば、その本命の子からは貰えたのかな。

そんなことを考えながらがさごそと鞄の中を漁る。友達からの分と一緒に入れてるからなかなか見つからな……あれ?


「…………」

「?名字さん固まっちゃって、どうかしたの?」

「………ごめん、もうない…」

「……え…」

「わーっ、ほんとにごめん!用意してない子から貰ったからその場でお返しに1個あげちゃったんだった…」


元々あげるつもりの子の人数分しか作らなかったの忘れてた…!


「ゆ、祐希くん…」

「………。」

「どんまいゆっきー!なっちゃんのチョコはゆっきーの分までじっくり味わって食べてあげるから!」

「ほんとにごめんね…!あっ、帰りにどこかの店で買って…」

「いい」

「……ごめん…」


拗ねた祐希くんはふいっと私から顔を反らせてしまった。多分最後に謝ったのも聞いてないんだろうなぁ…。


「悠太お兄さん、どうすれば弟くんの機嫌は直りますか…?」

「うーん、千鶴にあげた分を取り上げて、それを渡せばいいんじゃないですかね…」

「えっ、やだ!なっちゃんからのがなくなったら俺0個だもん。ゆっきーは他の子からいっぱい貰ってるじゃんー!」

「名字のチョコなんてどーでもいいからそろそろ帰るぞー」

「どうでもいいなら返してよ!そしてそれを祐希くんにあげて!」

「要のおこぼれなんか絶対に嫌。」


祐希くんがきっぱりと拒否したことに要が怒って、結局帰るのはそれからまたしばらく経ってからのことになってしまった。



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