その手をずっと | ナノ
さりげない優しさ



「じゃーんけーんポン!」

「あ、負けたぁー…」

「じゃあ俺ミックスジュースね!」

「俺は牛乳で」

「ちょっと、それ俺に対する嫌味!?」


負けた人がみんなのジュースを買いに行くことを条件に、千鶴と祐希くんの3人でジャンケンをしたら、見事に一発で負けてしまった。

仕方なく鞄から財布を取り出して、あとでお金返してよ!と念を押してから教室を出た。



* * *


もうすぐ自販機に着くというところで、向こうから以前屋上に呼び出してきた先輩たちがこちらに歩いてきているのが見えた。最悪だ。すぐに向こうも私に気付いてコソコソと話し出したし。

すれ違い様にドンッと肩に衝撃が走った。


「チッ、痛いんだけど」

「………」


わざと向こうからぶつかってきて、舌打ちをされた上に文句まで言われてしまった。私はちゃんとぶつからないように距離をとって歩いていたのに、痛いのわかってるのになんでわざわざぶつかってくるのよ。

無視してみんなの飲み物を買おうと自販機にお金を入れていると、後ろから思いきり押されて鼻が自販機にぶつかってしまった。地味に痛い…。これ鼻曲がってないかな?大丈夫?


「あんた調子に乗ってんじゃねーよ。今朝だって呼び出したのに無視しやがったし」

「マジ腹立つよねー」


汚い言葉遣い。この中の誰が祐希くんを好きか知らないけどさ、そんな言葉遣いの上にキッツイ香水つけてたら好かれないと思うよ。まぁ言葉遣いに関しては祐希くんだけとは限らないだろうけどね。


「無視してんじゃねーよ!」

「名字さん」


もう一度自販機にぶつけられそうになったところで、祐希くんの声が聞こえた。

どうしてここに?寒くて教室から出るのが嫌だからジャンケンしたんじゃない。

突然の祐希くんの登場に先輩たちはひどく驚いている。もちろん私も例外ではない。


「祐希…くん」

「あーあ、俺牛乳だって言ったのに…これコーヒー牛乳じゃん」

「じゃあそれ…私が飲むよ」

「ほんと?それは助かります」


祐希くんが私の財布を取り上げて、ミックスジュースと牛乳のボタンを押した。そして私に財布とコーヒー牛乳を手渡した。

祐希くんは先輩たちには目もくれず、見えていないかのように振る舞っている。一方先輩たちは祐希くんが現れてから黙ったままだ。私に対する態度を祐希くんには見られたくなかったんだろう。


「千鶴が待ってるよ。早く帰ろ」

「っ!!」


祐希くんが私の手を引いて歩き出したから、慌てて振り払った。私たちが手を繋いだことに、先輩たちが驚いたのがわかった。

こんなことしたら誤解される、と目で訴えたけど、もう一度強く手を握られてしまった。そしてそのまま手を引かれて、引きずられるようにしてその場をあとにした。



* * *


祐希くんはたまに強引になることがある。そんな祐希くんを私は止めることができず、いつも祐希くんのペースに持っていかれてしまうのだ。今日だってそう。祐希くんは私の手をしっかりと握っていて、振りほどくことができない。

前を歩く祐希くんの背中がいつもより広く見える。背だってこんなに高かったっけ?

祐希くんはあ、と短く声を漏らし、私の手を離して振り返った。それを少しだけ名残惜しく思ってしまう。


「名字さん次の英語の予習やった?」

「…とりあえずは」

「じゃあ見せて」

「えー…まぁ、いいけど…」


さっき助けてくれたから、今日だけは特別ですよ。


「あのー、祐希くん」

「なに?」

「………ありがとう」

「それは俺の台詞だよ。今日当たるから助かったー」


祐希くんのさりげない優しさが、じわりと胸に広がった。



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