その手をずっと | ナノ
ラブレターの正体




「………ない」


靴箱を開けると、私の上靴がなかった。なんてベタな。高校生にもなってこんなことする人なんていたんだ。犯人はわからないけど、こんなことをした理由はわかる。

スリッパを履いて教室に行くと、スリッパが擦れる音で要たちがそれに気付いた。


「お前それどうしたんだよ」

「上靴なくしたから借りたー」

「なくしたって…。そんな上靴が勝手に歩いていくわけないじゃーん」

「うちはわりと放任主義なんだよね。出掛け先で女作っても全然オッケーだし」

「名字さん、何言ってるの…」


祐希くんに何コイツ大丈夫か、みたいな目を向けられて軽くショックを受けた。君、いつもはこういうのにノってくれるじゃん…!


「そういえばさっき、また3年の人が来てたぞ。まだ来てないっつったら帰ったけど」

「あー…そう」

「お前最近そういうの多くねぇ?何かあったのか?」

「うわっ、要が優しい…気持ち悪っ」

「お前なあ…!」

「ごめんってば、冗談!私が中学でバレー部だったことがバレて今勧誘されてんのよー」

「じゃあその先輩、あんな長い爪でバレーすんのか」

「その人たちはマネージャーだよ、マネージャー」


要にはバレてる気がしたけど、とりあえずはごまかせた。全然納得はしてないみたいだけど。


「そんで、いないって言ったらこれ渡してくれって…預かった」

「あぁそう。ありがとねー」


要から封筒を受け取った。わざわざ封筒になんか入れて、律儀なことで。

担任が教室に入ってきたから席に着いた。ついでに古典の教科書とノートも机の上に用意した。1時間目は古典なのです。あとでロッカーに辞書も取りに行かないと。東先生の授業は超まじめなんです私。



* * *


古典の授業が終わると、名字さんはどこかへ行ってしまった。机の中にはさっき要が渡した、先輩からの封筒が入っている。


「あれラブレターなんじゃない?だからなっちゃん、今呼び出し場所に行ってるんだよ」

「さっきの先輩は女だったでしょ。ラブレターなわけないじゃん」

「それにしてもゆっきーってば冷たいよなー。あんなかわいい先輩に話しかけられたのに無視するなんて」

「え…あれかわいいと思ったの?ケバいだけじゃん。俺ああいうの無理」

「まぁ…確かに臭いはキツかったけどね…」


思い出しただけで気分が悪くなってきた。あんな臭い朝っぱらから嗅がされるなんて拷問だよ。


「なっちゃんもいないことだし…見てみようよ」

「さすがにそれは止めた方が…」

「へいきへいき!」


千鶴が名字さんの机の中から封筒を取り出す。と同時にノートも何冊か落としてしまった。ちゃんと戻しなよ。


「屋上だって!行こうゆっきー!告白現場が見られるかも!」


その封筒を手にしたまま教室を飛び出してしまった千鶴をとりあえず追いかけた。



* * *


「ほんとに告白されてたら今日1日これでイジるしかありませんなー!」


屋上の扉を少し開いて2人でこっそりと覗いた。そこには名字さんの姿はなく、今朝の先輩たちがイライラしながら立っていた。


「名字遅すぎー」

「すっぽかされたんじゃないの?」

「もしそうならマジムカつくんだけど。何様のつもりなのよ」

「あんなやつ祐希くんに全然釣り合ってないしねー」

「そうそう!」


先輩たちは下品な笑い方でケラケラと笑っている。名字さんは俺のせいで先輩から目をつけられてるみたいだ。

千鶴の持っていた封筒を取り上げて手紙を見た。『1時間目おわったら屋上に来い』と書いてある。この文面でほんとに告白だと思ったの、千鶴…?

先輩たちの会話を聞いてやっと気付いた。上靴をなくしたのも、少しだけ元気がなかったのも、全部理由はこれだったんだ。最初は笑っていた千鶴も、静かに俯いていた。

教室に戻ると、名字さんはすでに自分の席に座っていた。どこに行っていたのか尋ねると、どうやらトイレに行っていたらしい。

机の中の封筒知らない?と聞かれたので知らないと返しておいた。いつもどおり振る舞う名字さんに、心が痛んだ。



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