その手をずっと | ナノ
友達か、それ以上か
映画館の席って、隣との距離が近いなあって改めて感じた。今日はクリスマスだからいつもより余計にカップルたちの距離は近いけど、そうじゃない私たちにはクリスマスなんて関係なくいつもどおりの一定の距離がある。だけどこの席に座ると、今日で1番私たちの距離は近くなった。
そういえば今年の4月は初めて祐希くんの存在を知って、入学式の日には隣の席に座って一緒に作業したなぁ。そのときの距離も近くて、祐希くんに気付かれないようにドキドキしてたっけ。そのときに見た祐希くんの手がきれいだったのをよく覚えている。そのことを思い出すと、ひじ掛けに置かれている祐希くんの手を自然と眺めてしまっていた。
「名字さんは絶対に映画館ではポップコーン食べると思ってた」
この祐希くんの一言で私のぼんやりとした頭は一気に現実へ引き戻された。
隣の祐希くんの顔を見ると、思った以上に距離が近くて慌てて顔を背ける。そんな私の様子に祐希くんが首を傾げた。
「名字さんさっきから変だよ」
「祐希くんには負けるけどねー」
「そういうところは相変わらずだけど」
祐希くんはさっき買ったジュースをストローでちゅーっと吸って飲んでいる。そんなに飲んだら映画が始まる前になくなっちゃうよ。
…そりゃあね、第三者にあなたたち付き合ってるの?って聞かれて、一緒にいる相手が付き合ってないのに否定すらせずに黙ってたら気になりますよ。まぁ、気になり始めたのはさっきの香織の一言が原因なんだけど。
もし私が祐希くんのことを好きなら、さっきの祐希くんに対して、もしかして私のこと好きだから否定しなかったんじゃ…と期待してしまうものだ。
実際に私には祐希くんに対して恋愛感情はない。だけどもし祐希くんが私を好きで、さっきの沈黙も満更でもないのだとしたら、それはそれで気になるし意識もする。今まで友達として過ごしてきたのに、本当にそうならこれからどうやって接していけばいいのかわからない。
気になるから聞きたいけど、聞けない。でも知りたい…ほんとは知りたくてたまらない。
でもその答えによっては、今まで通りの関係ではいられないかもしれない。それが気になって踏み出せずにいた。
「何か気になることでもあるとか?」
うわっ、図星だ!
どうしよう、そう言ってくれれば聞きやすいし、何よりこのままだとそのことが気になって映画に集中できなさそうだからなぁ……よし。
「じゃあ聞くけど…何でさっき否定しなかったの?」
「だって否定したら割引にしてもらえないじゃん」
「いや、そっちの話じゃなくて…」
話が噛み合ってなくて気が抜けた。こっちはこれでも真剣なのに…。祐希くんの頭上には?が浮かんでいるような気がする。
「香織の方!付き合ってるか聞かれたのに黙ってたじゃん」
「あー…」
やっと話が通じたみたいだ。
「考えてた」
「考えなくてもすぐ答えは出るでしょ。付き合ってないんだし…」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何よ?」
「名字さんと俺が付き合ったら、どうなるのかなって」
祐希くんの顔や声は真剣で、とても冗談を言っているようには思えなかった。
今までそんなことを考えたことはなかったけど、祐希くんにそう言われて少しだけ想像した。私たちが今日みたいに待ち合わせして、映画を見たり買い物をしたりして。街を歩くときは自然と手を繋いだりするのかな。
今じゃそういうことは考えられないけど、付き合ったら2人でどういうことをして過ごしていくんだろう。
そして、祐希くんも今の私みたいに、これから先にあるかどうかもわからない私たちのそんな未来を想像したのかな。
何も言い返せずに黙っていると、ゆっくりと照明が暗くなって、映画の予告が流れ出した。そうだ、今日の目的は映画を見ることだった。
それなのに、正直映画にはあまり集中できなかった。幸い映画にラブシーンはなかったから、1人でさっきのことを思い出して気まずい思いをせずにすんでよかったと思う。
映画が終わると、祐希くんはいつもどおりの祐希くんに戻っていた。ふと思ったんだけど、映画が始まるまでの祐希くんはいつもとは違う祐希くんだったんじゃないのかと思う。
失礼ながら私より先に待ち合わせ場所にいたことを始め、私と祐希くんが付き合ったら、なんて想像してたのはいつもの祐希くんならあり得ないと思う。普段の祐希くんの心の中まではわからないけど、映画が終わって、いつもどおりの祐希くんに戻っているのを見てそう思った。
映画のあとはゲーセンに行ったり、私の買い物に付き合ってもらったりした。時間も遅かったから夜ご飯は外で食べてから帰った。いつもみんなで過ごしている放課後の流れとほとんど同じだった。
ただいつもと一つだけ違ったのは、祐希くんが私を家まで送ってくれたことくらいだった。
[ 36/68 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]