その手をずっと | ナノ
珍しい自分



「ったく子供の前で何やってんだよ…」

「なにも叩かなくても…」


名字さんのあとに俺も要に叩かれてしまった。要はすぐに暴力を振るうから困る。


「なっちゃんー!」


千鶴が男の子の手を引いてこっちにやって来た。男の子はなぜか顔を真っ赤にして俯いている。その様子に名字さんは屈んで首を傾げた。


「どうしたの?」

「この子がなっちゃんと遊びたいってさ!」


いいよーと名字さんが答えるとその子はおずおずと顔を上げた。目が合って名字さんが微笑むとさらに顔を赤くさせる。これはもしかしなくても…


「す、すきです!ぼくとお付き合いしてください!」


……やっぱり。


「えっ、えーと…どうしよう要…」

「…つっ、付き合えばいいじゃねぇか。お前彼氏…ぶはっ、いねーだろ?」

「笑うか喋るかどっちかにして」


千鶴にいたってはなっちゃんモテモテー!と言いながら腹を抱えて爆笑している。全然おもしろくないんだけど、どこがおもしろいの。


「やっぱりだめ?ぼくがまだ5才だから…?」

「うーん、えっとねー…」

「だめだよ」


話に加わるつもりはなかったのに、気付いたら声が出していた。名字さんの隣に同じようにして屈んだ。


「このお姉ちゃんの彼氏は俺だから」


千鶴と要は口を開いたまま固まって、離れたところにいた悠太と春はすごい勢いで振り返ったのがわかった。名字さんは顔を赤くして照れている。ちょっと、君にそういう反応されたらこっちまで恥ずかしく…


「……わかった」


男の子はあからさまに落ち込んだ様子で外に走り去ってしまった。そしてもう解決したにもかかわらず、千鶴たちの表情はさっきからずっと同じだ。


「ゆっきー…?」

「なに」

「どうしたのいきなり」

「どうしたもこうしたも…かわいそうだけど、こうすればうまく断れるでしょ」

「それはそうなんだけどさ……ゆっきーがこんなことするなんて意外で…いつもこういうのってゆうたんの役目じゃん?」

「えー…俺はしちゃダメなの?」

「ダメって訳じゃないよ?あれ…なっちゃん?」


千鶴に顔赤いよ?と言われて、首をブンブン振って全然っ!と否定している。いや、実際赤いですけどね。俺の視線に気付いた名字さんはゆっくりと俺を見上げた。


「あ…ありがとう。困ってたから助かったよ…」

「いえいえ。お気になさらず」

「………」


みんなは黙って俺の顔をじっと見てくる。なんなんですかほんとに。



* * *


職場体験が終わって、6人で幼稚園をあとにした。春がうっかり当時要がかおり先生のことを好きだったとバラしてしまい、千鶴と名字さんは爆笑していた。今もまだ2人でケラケラと笑っている。


「祐希」


要が話しかけてきて、隣にいた悠太は気を遣って春のところに行ってしまった。要は名字さんを気にしながらボソボソと喋りだした。


「…お前さ、名字のこと、その…好きなのか?」

「え?」

「お前があんなこと言うから、そうなのかと思って…」

「千鶴にも言ったけど、あれは上手く断るための口実だよ」

「じゃあ好きとかじゃねーんだな」

「うん……なに要、名字さんのこと好きなの?」

「バッ、違ぇよ!ただ気になっただけだっつの!」

「へぇー」

「ほんとに違うからな!?」


真っ赤な顔で否定されても説得力ないよ。でもまぁ、要は本当にそうじゃないってわかってるけどね。お母さんがいるし。

振り返ると名字さんと目が合った。友達とはいえ、女の子を彼氏のふりをして庇った自分は珍しいなと思った。要に気にされるのもわかる気がする。



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