その手をずっと | ナノ
不倫ごっこ



「はぁ、職場体験?」


放課後、自販機の前で私たちはジュースを飲んでいた。しゃがみ込んた私は、さっき買った紙パックのジュースをストローでずずーっと吸いながら春ちゃんを見上げた。


「はいっ、2年生は毎年行くことになってるみたいです」

「んー、職場体験かぁ…」


目をつぶってりんごジュースを味わっていると、悠太くんと祐希くんがコソコソと話しだした。


「名字さんは職場で妻子持ちの上司と不倫しそうだよね、悠太」

「うん。それで、その上司は妻とは別れるからとか言い続けてるけど結局離婚してくれなくて」

「で、名字さんが泣き寝入りするっていう」

「…あの、勝手に話作らないでもらえますか」


ていうか会話丸聞こえだし。そう言うと祐希くんがあぁ、と口を開いた。


「ごめんごめん、二股かけられる方がよかった?」

「そういう問題じゃないです」


春ちゃんによると、みんなが通っていた幼稚園に行こうって話になっているらしい。名前ちゃんも行きましょうよって誘ってくれた。


「無理だよ春。名字さん見るからに子供嫌いそうじゃん」

「…祐希くん?」


子供嫌いじゃないことを証明すべく、私も陽だまり幼稚園に職場体験することになった。



* * *


「今日はお兄ちゃんたちとお姉ちゃんがみんなの先生になってくれまーす!先生は今からいなくなるけど、みんな仲良くするのよ?」


先生が部屋から出ていくと同時に、子供たちがいっせいに飛びかかってきた。悠太くんと祐希くんがは女の子に、春ちゃんは男の子に囲まれている。みんなモテモテだなぁ。まぁ、そういう私も男の子ばかりが寄って来てくれてるんだけど。


「お姉ちゃん、一緒におままごとしない?」

「うん、いーよ」


そのちゃんという女の子に手を引かれて行くと、要と祐希くんが座っていた。


「お姉ちゃんにはこのお兄ちゃんの不倫相手になってもらいたいの」


このお兄ちゃん、とは祐希くんのことだ。そしてそのちゃんは祐希くんの奥さんの役らしい。それなのに私が不倫相手してもいいのかな…っていうか最近の幼稚園児はとんでもない言葉知ってるな…。


「えっと…どうして?そのちゃんって祐希くんの奥さんなんでしょ?」

「そうだけど…恋愛に障害は付き物なのよ」

「結婚してからもやんちゃするような旦那でいいの…?」

「まぁまぁ名前」

「はい…?」


祐希くんに指差されたから、机を挟んで向かい合わせに座った。ていうか呼び捨て…もしかしてもう演技始まってます?


「妻も子供もいるけど俺にはお前だけだよ」

「は?何言って…」


ていうか棒読みすぎる。


「そのちゃんが見てる。ちゃんとなりきってよ。俺の不倫相手に」


祐希くんに小声でそう言われたから仕方なく合わせることにした。


「………そんなこと言って、全然離婚してくれないじゃない」

「妻がなかなか離婚に賛成してくれなくて…」

「ほんとはあなたに離婚する気がないんじゃないの?奥さんにも言ってなかったりして」


おぉ、なんかノッてきた。


「何言ってるんだ。俺は本気だよ」

「…嘘ばっかり」

「本当だよ。俺は君を1番愛してる」


机の上に乗せていた手を祐希くんの手で優しく包まれた。びっくりして大袈裟に手が震えた。


「うわっ、ちょ!!」

「……名字さん。」

「…ごめんなさい。」


ていうか、あっ、愛してる!?愛してるって言ったこの人!?似合わなすぎてびっくりなんですけど。

んんっ、と咳払いをして祐希くんが私を改めて見つめた。


「…好きだよ、名前」


どきどきと胸の鼓動が早くなる。私自身に対して言った訳じゃないのにすごく恥ずかしい。…それに少しだけ嬉しかったり…。


「ゆっ、祐希さん…!」

「いつまでやってんだお前らは!!」


要にしばかれたと同時に私のときめきもここで終わった。



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