その手をずっと | ナノ
しょうがないか



悠太たちの出し物を見たあと、茉咲の劇を見に行ったり校内をまわったりしているうちに後夜祭の時間になった。体力切れの俺たちはグラウンドで騒ぐ生徒の声を聞きながら机に突っ伏している。


「ねー、後夜祭行かないの?」

「行きません」


名字さんが俺の頭をつんつんとつつく。


「なんでよー」

「疲れたから」

「そりゃ私も疲れたけど…見てよあれ、みんなの楽しそうな顔!笑い声も聞こえるでしょ?」

「あんなの行ったってうるさいだけじゃん…」


頭を上げて机に顎を乗せると、名字さんの顔が思った以上に近くてびっくりした。離れようと慌てて体を起こす。


「おっ、行く気になりました?」

「…そういうわけじゃないよ」

「けちー」

「けちで結構」

「じゃあ悠太くん一緒に行こうよー」


なに。俺の次はまた悠太なの?


「行かない…」

「まだ文化祭はおわってないよー!寝るなー」

「名字静かにしろ」

「……はーい」


要に怒られてしゅんとしてしまった。その姿を見てしまえば、しょうがないかと思ってしまうわけで。


「じゃあちょっとだけだよ」

「ほんと?やったー!」


衣装は着替えたからいつもの制服だけど、名字さんの髪型はねこ娘のときのままだ。ポニーテールがゆらゆらと揺れている。

早く早くと急かされながら教室を出る。出ていく間際にみんなを見ると微笑む悠太と目が合った。なんなのその意味深な目は。



* * *


名字さんのために疲れた体を引きずってグラウンドにやって来た。彼女に疲れた様子はまったくない。こっちは疲れきってるっていうのに元気だよね。日曜に子供と遊ぶお父さんってこんな心境なのかな。

名字さんはキャンプファイアに目を奪われていた。普段そんなにテンションは高くないのに、こういうイベント事は好きみたいだ。嬉しそうに笑う名字さんに思わず俺の頬も緩む。袖口で慌てて隠した。


「ねぇ、早く行きなって」

「でも名字さんも一緒だし…」

「ちょっとくらい大丈夫だよ」

「しかも2人で来てるじゃん…もしかして付き合ってるんじゃ」

「橘くんに確認とったでしょ。大丈夫だって、ほら」

「ちょっ、押さないでよ…!」


少し離れたところでこそこそと話す2人組の会話が聞こえてきた。ここまで聞けばどういうことかわかる。春と違って、そこまで俺は鈍感じゃない。

でも今は疲れてるからやめてほしいというのが本音だ。名字さんも近くにいるし、2人きりだから気を遣って近付いては来ないだろうから大丈夫なはずだ。

こういうとき悠太ならどうしたの?って自分から話しかけていくんだろうけど、俺はそこまで優しくないし、興味のない人に自分から関わろうとしない。

2人に話しかけられないように、俺は名字さんとの距離を縮めて取り込み中だということをアピールすることにした。


「それにしてもさ、春ってほんとに鈍感だよね」

「あー、やっぱり茉咲ちゃんって春ちゃんのこと好きだよねー」

「あんなにわかりやすいのに春ってばさ、」

「あの、浅羽くんちょっといい?」


さっきの、俺に好意があるであろう黒髪の子…じゃない茶髪の子が話しかけてきた。肝心の本人は友達の後ろに隠れている。

ていうか今思いっきり話してる途中だったじゃん。大事な話ではなかったけどダメに決まってるでしょ。俺関係ない人に会話遮られるの嫌いなんだよね。空気読んでほしいよほんと。


「今名字さんと話してるんで…」

「あぁ、私のことは気にしないで。行ってきなよ」

「は…」

「じゃあこの子に浅羽くんちょっと貸してね」

「いいよー」


茶髪の子が黒髪の子の背中を押して俺の方に近付けてきた。頬を染めながらおずおずと話す黒髪の子に促されて、少し離れた場所に移動することになった。

振り返って名字さんを見ると、にやにや笑いながら手を振られた。もちろんそれは無視だ。俺は嫌だったのに、名字さんのせいでこうなっちゃったんだよ。なに楽しそうに笑ってんの。



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