その手をずっと | ナノ
いつもとは違う一面



後ろからまだ要の怒鳴り声が聞こえるけど無視 無視。前を歩く春はぎゃーぎゃー叫んでるし千鶴はそんな春を面白がってゲラゲラ笑ってるから騒がしいけど、後ろを歩く俺たち3人は静かだ。俺と悠太はこういうのを全然怖がらないから静かなんだけど、どうやら右隣を歩く名字さんは違うみたいだ。


「あ」

「うわっ!」


足下から手が延びてきて俺と名字さんの足を掴んだ。俺はそんなに驚かなかったけど、名字さんは体をびくりと大きく震わせた。


「………怖いの?」

「いやっ、ぜんぜんっ?」


嘘。声思いっきり裏返ってるよ。

次の角に俺たちを驚かそうとスタンバイしてる人が見えた。名字さん、その人丸見えだから気付いてると思うけど、一応気を付けて。


「うおーーー!」

「ぎゃあーっ!!」


叫び声を上げながら名字さんは俺の背中に抱きついた。名字さんの声が大きくて耳がキーンとする。やっぱり、気付いてなかったんだ。


「あっ、ごごっ、ごめん」

「いいよ別に、くっついてても。怖いんでしょ?」

「こっ怖くないよ。びっくりしただけだから…!」

「びっくりしただけなら抱き着かなくてもいいと思うんだけど」

「だからごめんってば!」


さっきまで隣にいた悠太と、前にいた春と千鶴も見当たらない。耳を澄ますと少し前の方から春の声が聞こえてきたから、そんなに離れてはいないみたいだけど。


「悠太たちと離れちゃったね。急ご」

「えぇっ、ちょっと待ってよ!」

「はやくはやく」

「まっ、待って……」


少し距離をあけただけなのに名字さんが近付いてくる様子はない。心配になって戻ると、立ちすくんでいた。


「どうしたの」

「別に…なにも…」

「やっぱり怖いんでしょ」

「ちがう…!」

「ちがわないでしょ。涙目になってるじゃん」


名字さんの頭をぽんぽんと軽く触る。涙目のまま名字さんは俺を見上げた。いつもと格好が違うし、涙目も初めて見たから名字さんじゃない感じがしてしまう。


「おばけとかは怖いんじゃなくて、ただびっくりしただけで…」


そこは譲らないんだ。もう怖いって認めちゃえばいいのに。


「あの、私、暗いところが苦手で…」

「あぁ、だから怖がって……じゃなくてびっくりしてたんだね」

「うん、そう!」


名字さんはこくりと頷いた。ずいぶん素直に認める名字さんが、なんだか少しだけ可愛く思えた。


「じゃあ行きますか」

「あの、手……」

「名字さんすぐ立ち止まるから引っ張ってったげる」

「それじゃあ、お願いします…」


名字さんの手を握ると、おずおずと握り返してきた。一応女の子だし、手は小さいんだ…


「さっきまでは全然大丈夫だったのに、どうしたの?」

「さっきはほら、みんないたし、脅かす側だったからそんなに怖くはなかったっていうか…」

「ふーん」

「あ、要には言わないでね。さっき散々バカにしたから何十倍にして返されそうだし……ひぃっ!」


それから名字さんは驚かされる度に体を震わせて、その度に俺の手に力を込めた。遂には俺の手は名字さんの両手でしっかりと握りしめられていた。

なんだろうこの、母性をくすぐられる感じ。あ、俺は男だから父性になるのかな。

悠太たちに追い付きそうになると、わざと歩くペースを落とした。なんとなく、今の名字さんを誰にも見せたくないと思った。はっきりと理由はわからないけど、たぶん、名字さんの弱味を誰にも知られたくないからだと思う。うん、きっとそう。

相変わらず隣の名字さんは怖がって……じゃなくてびっくりしている。そんな彼女を見ると自然と笑みがこぼれる。お化け屋敷の中は暗いから、気付かれてはいないと思うけど。いつもとは違う名字さんの一面が見れて、なんだか嬉しかった。



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