その手をずっと | ナノ
少しだけいじわる



祐希のいない部屋は静かだ。静かな部屋で宿題をしていると、祐希の声が聞こえてきた。


「ただいまー」

「祐希くんおかえり。お買い物ありがとうね」


リビングでお母さんと話してるみたいだ。だけどすぐに声は聞こえなくなって、その代わりに一つの足音が部屋に近付いてきて、ドアが開いた。


「悠太がいないから俺が代わりに行くハメになっちゃったんだけど」

「………」


別にいいじゃんそれくらい。しかも今日俺が出ていったのは祐希に気をつかったからなんだし。


昨日の祭りの後、祐希は俺と一言も口をきいてくれなかった。きっと俺が名字さんにしたことを気に入らないんだと思う。

名字さんに絡んできた男たちに言ったことは嘘じゃない。浴衣も似合ってるし、かわいいと思った。ああいう風に言えば、馬子にも衣装ですね、みたいに祐希はからかってくると思ってたんだけど、ただ俺の方をじっと見てくるだけだったから驚いた。

名字さんが逃げ出すと、すぐに祐希は追いかけていった。春にいたずらをする茉咲を追いかけるには漫画というエサがなければならなかったのに、今回は何の迷いもなく駆けていったから、取り残された俺たちはひどく呆気にとられたものだ。春なんてぽかーんとして口が開きっぱなしだったし。

それから2人が帰ってきたのは5分くらいしてからだ。それまでより2人の距離は近くなっている気がした。楽しそうに笑う名字さんに祐希の表情も柔らかかったのをよく覚えている。

俺は嘘でなかったとはいえ、名字さんをからかったことに代わりはなかったからすぐに謝ろうとした。だけど、戻ってから祐希はずっと名字さんの隣にいたから、名字さんに謝る機会はなかった。

夏休みに入ってしまったし、次いつ会えるかわからなかったからうやむやにならないうちにメールで謝ることにした。

そして今日俺が名字さんにメールを送った後、ちょっと目を離していた隙に祐希は俺の携帯を勝手にいじって名字さんからのメールを見て、さらには電話までかけている始末。しかも「うち来ませんか」って勝手に呼んでるし。

それからしばらくして俺の携帯に電話がかかってきた。ディスプレイを見ると、どうやら名字さんからの着信のようで、仕方なく祐希に携帯を渡した。

名字さんはうちの場所がわからないようで、祐希が電話越しに「そこの角を右、次はまっすぐ歩いて」などと説明していた。なんとなく、祐希の声色は優しい気がした。

しばらくしてやっと家のチャイムが鳴って、名字さんがやって来た。恥ずかしいのか、祐希はテレビ画面を見たまま喋っていた。自分が呼んだんだからちゃんとおもてなししなよ、と言ってやりたかったけど、祐希の背中がなんだかいつもより小さい気がしたからやめた。


祐希はあまり女の子とは話さない。女子特有の化粧や香水の匂いが苦手というのもあるけど、ドロドロした女子社会が嫌いだからだ。すぐ他人の悪口をいったり、くっついたり離れたりするのが理解できないらしい。

でも名字さんのことは別だった。他の女子みたいに祐希と話すときにもじもじしないし、色目も使ってこない。祐希と対等に話もできる。以前、祐希は名字さんのことをさっぱりしてて好きだと言っていた。やはり祐希は名字さんのことを気に入っている。

でも実際、気に入っているし好きなんだろうけど、恋愛感情として彼女を好きかはわからない。もちろん祐希自身もそのことはわかっていないし、気付いてもいないと思う。

学校では他に千鶴とか要がいるから2人きりになったことはほとんどないはずだ。昨日は祐希も怒らせちゃったし、仕方なく気を利かせて外出することにしたんだ。

だから、祐希に少しいじわるしてみようと思う。


「千鶴たちは呼ばなかったの?」

「うん」

「どうして?」

「別に、昨日祭り行ったから会ってるし、いいかなって…」

「ふーん?」

「なにその返事…」

「別に?でも名字さんは呼んでほしかったんじゃないかな。千鶴なんて仲良いし」


よく抱きつかれてるしね。と追い打ちをかけると、祐希は頬を少し膨らませてわかりやすく拗ねてしまった。


「別に、千鶴なんかいなくても楽しそうだったよ」

「ふーん…どんな風に?」

「………」

「ん?」

「今日の悠太むかつくっ」

「はいはい」


本格的に拗ねてしまったので、もうからかうのはやめておこう。いきなり2人きりで家にいたなんて、少しハードル高かったかな。



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