その手をずっと | ナノ
真顔で照れる
うーん、まだ眠い。やっぱり朝は苦手だ。登校中の私は、さっきから何度もこみ上げるあくびを必死に手で隠している。もう学校の近くまで来てるから周りは穂希高校の生徒でいっぱいだ。
「名前っち〜おはよ!」
朝っぱらから騒がしいな、と思いながら振り返る。そこには声の主の橘くんと双子くん、松岡くん、塚原くんがいた。登校もこのメンバーなのかな。…それより、
「その名前っちっての、なに」
「なにって名前っちのあだ名じゃーん!」
胸を張って誇らしげに橘くんは答えてくれた。「あだ名じゃーん」って言われても、今初めて聞いたんだけど…。
「やだー。なんかダサくない?」
同意を求めようと浅羽くん(弟)を見る。でも彼は顎に手を当てて、でもさ、と切り出した。
「それじゃ要に失礼だよ。要も要っちなのに」
「じゃあ尚更やだ!」
「喧嘩売ってんのか名字」
塚原くんに殴られそうになったので、あわてて松岡くんの後ろに逃げた。最近一緒にいてわかったこと。塚原くんは浅羽くん(弟)と橘くんに暴力は振るうけど、浅羽くん(兄)と松岡くんには手を上げないみたいだ。……あれ、なんで女の私には手を上げるのよ。
「ん〜……じゃあ名前っち以外で何かあだ名考えとくよ!」
「別に名字とか名前でいいのに」
「よくない!それに俺のことは千鶴って呼んでー!」
「それもなんかやだ。」
「も〜、名前っちはわがままだなあ」
「呼び名なんてさぁ、仲良くしてるうちに自然と決まっちゃうもんなのよ」
「おお、なんかかっこいいね名字さん」
「浅羽くんに無表情で言われるとなんだかバカにされてる気がします」
「え?」
浅羽くん(弟)に何を今さら?とでも言いたげな顔をされた。無表情だけどなんとなくわかる。なんとなく。
「とりあえず俺と悠太は名字が一緒だから、ややこしくないように呼び方変えてね」
あー、やっぱそうですよね。実際、私もややこしいと思ってたし。
ぐだぐだ橘くんたちと絡んでいるうちに教室にたどり着いた。私が橘くんたちと(というか浅羽兄弟と)いるのが珍しいのか、クラスの子の視線が痛い。特に女子の。
「ちょっと名前!」
香織に腕を掴まれて呼び止められた。と同時にクラスの女子が私の周りにわっと集まってきた。
「浅羽くんと一緒に来たの!?」
「あー、うん。まあ」
「待ち合わせ!?」
「いや、学校の側で偶然会って」
「そっかぁー」
安堵の声があちこちから漏れる。てかこんなに集まって大声で喋ったら本人に聞こえちゃうよ。
「あ、好きなタイプ聞いてくれた?」
全員が身を乗り出す。ちょ、こわいよこわいよ。みんな顔が本気だ。
「小さくてかわいい子。だって」
「小さい!?156cmって小さいのかな」
「祐希くんからしたら大体みんな小さいよ〜」
「そうだよね、よかったぁ」
みんな喜んでる。「橘くんの好きなタイプを浅羽くんがマネしただけなのに」とは口が裂けても言えなかった。
ていうかみなさん、『小さい』の条件はいいのですが、『かわいい』の方を忘れてません?まぁみんなかわいいけどね。
てか私そっちのけで話してるし、もう席についてもいいですか。
「あぁぁぁぁー」
こっそりと抜け出し、机に突っ伏す。朝からものすごく疲れた。橘くんのハイテンションに付き合わされるし、質問攻めに遭うし。
「女とは思えないような声が漏れてますよ名字さん」
「わざと漏らしてるんです」
机に突っ伏したまま浅羽くんを睨むと、「うわー女の子が漏らすとか言ってるー」と言われた上にかなり引いた目で見られた。元はと言えば誰のせいだ!
「浅羽くんがブサイクで橘くんくらい小さかったらこんな目には遭わなかったのに」
「ひがみはやめてください。惨めだよ」
無視だ無視。その代わりじぃっと浅羽くんの顔を睨んだ。くそぅ、確かにかっこいいな。癪に触ったので、「そんなに見つめないでください。照れます」と言う彼の言葉も無視してやった。てかあなた1ミリたりとも照れてないし。
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