■ 乙女の残骸

実際の所、くいなは力そのものが欲しいわけではなかった。力を得れば彼は自分を顧みてくれるだろう。小鳥遊くいなを個として認識してくれるだろう。力ではない。その先に広がるだろう未来が欲しかった。夢物語として描いた光景を叶える為にはどうしてもそれが必要だった。

無力な自分をいくら嘆いた所で望んだものが手に入るはずもない。小鳥遊くいなは相変わらず無力だった。誰かに傷を付ける事もなく、傷付けられる事もなく、至って平和な世界で息をし続けた。雲雀の後ろをぴったりと着いて歩いてもそれぞれの立つ世界が触れ合うことはなかった。限りなく近い場所で、二人は違う世界の空気を吸い続けた。

それが当然だとくいなは考える。自分の決意は結局口先ばかりのものだと理解していた。身の程知らずな願いを抱えつつ、それを実現する為の行動を取る事もない。自分には資格がないのだと分かっていた。純粋な力の強さだけで成り立つ世界に足を踏み入れるにはあまりに平凡で無能だった。

しかし、同じ女の身体を持ちながらそちら側で息をする少女達を羨む気持ちを止める事も出来なかった。全ての根源である淡い想いを消してしまう事も出来なかった。吹けば消えてしまいそうな儚さで揺らめく想いの炎は、それでもいまだくいなの胸の中でしぶとく呼吸を繰り返している。以前としてくいなは立ち止まったままだった。前にも後ろにも進めず、もう十年もの間同じ場所に蹲り続けている。

あの人はどうして自分がこの場所まで着いてくる事を認めてくれたのだろう。そういう疑問がないと言えば嘘になる。学生時代に磨き上げた書類の処理能力を買われたのか。雑用を任せるには丁度良いと思ったのか。それとも、取るに足らない存在をわざわざ切って捨てる手間すら面倒臭がってなし崩しに了承したのか。考えられる理由はいくつか挙げられたが、問い質す事が出来るはずもなかった。答えを知るのは怖かった。

風紀財団において唯一戦闘能力を持たないくいなは、もっぱら事務系の仕事に明け暮れた。雲雀にとって必ずしも必要な存在であるかと言われればそうではなかったし、風紀財団という組織においても必要不可欠な存在ではなかった。表へ出る事のない仕事だ。いくらでも替えの利く存在だ。無力で無価値なくいなはそれを自覚していた。それでも、無力なりの全力でもって今の居場所にしがみ付いていた。それが当時土下座せんばかりの勢いで風紀財団への加入を頼み込んだ自分に出来る唯一の恩返しであると思っていた。何より、そういう形でしか雲雀の傍にいられない事を知っていた。

雲雀の傍にいる事が出来るなら何だって良かった。くいな自身、淡い想いをよくもまあここまで拗らせてしまったものだと思ってはいたが、今更捨ててしまう事は出来なかった。相も変わらず雲雀がくいなを顧みる事はなかったが、傍に置いてもらえるだけまだ良い方だった。風紀財団の絶対的リーダーの機嫌を損ねてしまい襤褸雑巾になるまで咬み殺された挙句、あっさりとアジトから放り出されてしまった人間の数は決して少なくない。

「小鳥遊、まだやっているのか」

「あ、草壁さん」

「お前もずっと働き詰めだろう。そろそろ休んだらどうだ?」

「いえ、大丈夫です! これぐらいしかお役に立てることもありませんし……」

微笑むくいなの両脇には膨大な量の書類が積み上がっている。風紀財団の事務を一手に引き受けるかつての後輩の姿に、草壁は渋い物を飲んだような顔をした。

「これぐらい……ではないんだがなあ」

本人は無自覚だが、小鳥遊くいなであるからこそこれだけの書類の量を任されているのだと草壁は考える。彼女に任せておいて、と雲雀がそれなりに重要な書類を山投げする事も決して少なくはない。敬愛するかつての委員長も深い意図を持っているわけではないだろうが、くいなをある意味信頼しているのは草壁の目にも明らかだった。

書類の山から新たな仕事を抜き取る後輩を眺めつつ、草壁はそっと息を吐く。十年の月日が流れて大人になったくいなが雲雀の傍に留まり続けようとする姿は、十年前と何一つ変わらなかった。スーツを纏い薄く化粧を施した女性が、草壁にはセーラー服を着たあどけない少女としていまだに視界に映る。どれだけ身体が成長しようとくいなの時計は十年前から一ミリたりとも動いていない。それがひどく哀れに思えた。

20141104.

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