■ 目隠しの留まりたがり



誘拐と称されたにしてはとてもコミカルなやり取りを、どこか違う世界のように感じながら眺め続けた。
雲雀の周りで見掛けていた沢田と、リボーンと呼ばれた言葉態度のはっきりとした赤子らしくない赤子。彼らは物語の登場人物のように人の目を引いて、くいなの目には輝きを持って写り込む。
自分自身は、彼らの住む世界を外から眺めることしかできないからこそ。
当然、くいなが想いを寄せる雲雀恭弥という人間も、あちら側で活躍する重要人物なのだろう。物語の形は朧気で掴み取れないが、その事実だけは柔らかな胸に重い岩となってのし掛かってきた。

つくづく自分は遠い位置に置かれているのだと、抱えた膝に顔を伏せながら、幾度落としたかも知れない嘆きをまた一つくいなは落とした。
拾う者のいない気持ちは、そのまま風に溶けるか土に埋まるか、どちらかしか選ぶことができない。誰かに届くことはなく、くいなだけに知られて消えていく。

けれど、それでよかった。
誰かに知ってもらえたところで、不様すぎて目も当てられない。


「……委員長…」


彼の人は来てくれるだろうか。
少しばかり重く、気だるい頭でくいなは考える。
リボーンという名前の赤子は、何かしらの意図を持ってくいなを連れ去ったようではあるが、自分が人質としての役割を果たせるのかどうか、そこだけが気掛かりだった。

自分なんかが誘拐されたところで、彼が駆け付けてくれることはないのでは。
そんな気持ちが大きく、少なくとも心を砕いて無事を願われるといったことは確実にないだろうという想像に明け暮れた。
虚しい話だが、雲雀に特別気にかけられる存在になれているとは思えなかった。これからそうなれるような自信だって、くいなは欠片も手にしていなかった。

もし、彼が呼び出しに応じてくれるとしたら、それは彼らしい大義名分があってのことだろう。
支配下にある並盛で、所属校の生徒が事件に巻き込まれた。それだけの理由があれば、彼ならば確かに機嫌を悪くして乗り込んできてもおかしくはない。そんな図なら、容易に思い浮かべられた。
くいな個人を思ってのものではなく、彼自身の持ち物やプライドに関わるからこその行動だと言うのならば。

それなら、来てくれる可能性も無いではない。
ただ、足手まといになるから顔を合わせず我慢していた最中だというのに、結局近付かなくてもその足を引っ張ってしまうのは確かだが。
それを思うと、またもや気落ちする心を持て余した。
雲雀と真っ向から関われる人間の元から、自分一人の足で逃げ切れるとは思えない。危害は加えられないが、このまま黙って帰してもらえるということも、彼らの表情や会話内容を窺うに期待できなさそうだった。

いつまでここに踞っていればいいのだろうか。
こうなったらこうなったで、一番正しい対処法はどのようなものだろうか。
戦う力がなくても、せめて逃げ出す足くらいは欲しかったものだと改めて思う。ぶすぶすと燻る嫉妬の念を自覚して、更に自己嫌悪に陥りながらくいなは深く吸い込んだ息を吐き出した。

雲雀の邪魔には決してなることがない、力を持った少女達には、どれだけ願ったところで成り代われるわけがないことは分かっていた。
彼女らのように凛と美しく佇むことができないなら、せめて地に這いずるような真似だけはしたくないと思う。
目立つ取り柄もない愚図な自分が、それでも彼の傍で想いを抱いているために、必要なことは。彼の命令を絶対に違えず、最低限無駄に動き回らないこと。それしか、くいなにできることはない。


「あ、あの…迷惑かけてごめんね。本当に」

「……いえ。別に、あなたのせいでもなさそうだし…」

「それはっ…そうなんだけど、何だか元気ないみたいだから……って、いや、あってもおかしいんだけど!」


先程からくいなの傍を離れることができずにいる沢田の顔には、申し訳ないという文字が大きく書いてあるようだった。
芯から悪人にはなりきれない人間なのだろう。わたわたと両手を振って焦りを表す様子からも、人柄が窺える。

強張っていた気持ちが、不意に少しだけ緩んだ気がして、くいなは苦笑を浮かべた。


「大丈夫です」


ただ、あなた達に近付くどころかお荷物にしかなれないような自分が、不甲斐ないだけだから。


「羨ましい、だけですから」


私も、叶うならもっと近くで、彼と向き合いたかった。

そんな身の程知らずな願いを知りもしない目の前の男子は、くいなの言葉を聞くと不思議そうに目を丸くした。






 *






「桃巨会って言うからおかしいと思えば…君達かい。ふざけた置き手紙を残してくれたのは」


日課の外回りから帰ってみれば、その手紙は応接室の奥に位置する仕事用のデスクの上に置き残されていた。
素直に呼び出しに応じてみれば待ち受けていた見知った面子に、駆け付けた雲雀は不機嫌を露に思いきり眉を顰める。


「ひぃっ! ヒバリさん…!」


それを目にして青ざめたのは、平常では弱々しい態度から抜けきれない草食動物一匹のみ。
そのすぐ傍で座り込んでいるこちらも見知った女子生徒は、特に大きな反応を示すことなく俯いたままでいる。
ざっと目を走らせて、その手足に怪我をしている様子も暴力を振るわれた形跡もないことを確認した雲雀は、そこで小さな違和感を感じた。が、それが何なのかまでは気付くことはなかった。

再び誘拐犯らしき顔見知りへと視線を移し、鋭い目付きで睨み付ける。


「ち、違うんですこれは! オレじゃなくてリボーンが勝手に…っ!」

「君の事情なんてどうでもいい」


沢田綱吉は決して無力な人間ではないが、平常時の彼が自分を恐れていることは、雲雀も自覚していることだった。
それなのにこんな形で謀ろうとは、随分と大きく出たものだと馴染んだ武器の持ち手を握り込む。要らない手間を掛けさせてくれた相手への苛立ちを降り下ろす前に、しかし雲雀は、先に言い切っておく事柄があったことを思い出して一度だけその手を止めた。

言っておくけど、と前置きする口調は普段通り、相手の背筋を震わせるほど冷えきったものだ。


「別に君を助けに来たわけじゃないよ。僕の並盛で勝手な事をする奴を咬み殺しに来ただけだ」


思えば久方ぶりに目にしたその女子は、自分に掛けられた声だと理解したのだろう。俯いていた首を更に下に揺すって、がくりと頷いた。
そこまで自惚れるほど、頭が悪くはないらしい。
応える仕種をしっかりと目に写して、雲雀は改めて逃げ腰になっている沢田へと向き直った。


「ふむ…こいつを使えばお前との交渉手段になるかと思ったんだがな」

「使わなくても利のある話には乗るさ。ただ、今日は少し虫の居所が悪い」


だから手加減できないかもね。

低く冷たい、人らしい情の滲まない声を発した雲雀に、それまでことの成り行きを見守るに徹していたリボーンは、深くボルサリーノを被り直した。


「ちょっ、待ってくださいヒバリさっ…ほぎゃーっ!!」

「何、やる気ないの」

「や、やる気って! オレは巻き込まれただけだしリボーンが勝手にやったって言ってっ…そのっ、小鳥遊さんには迷惑かけちゃったみたいだけど…っ」

「だから一発くらいは殴らせてやってもいいって? それが挑発なら乗るよ」

「言ってねー!! ってすみません! 違うんですーっ!!」


暫くの間逃げ惑う沢田がそのままでは埒が明かないと悟り戦闘に発展するまで、一方だけが騒がしいやり取りは続けられた。
人の身を超えた交戦は、ひょっとすればくいなが連れ去られてからよりも長く続いていたかもしれない。一頻り暴れまわった雲雀が苛立ちを発散させきる頃には、日が暮れきって立ち込めた夜空に星がちらつき始めていた。

その間、くいなは一声も発することなく座り込んだその場から離れようとはしなかった。


「帰ってなかったんだ」


そして、気が済むまで武器を振るっていた雲雀が、元々呼び出された場所に帰ってきて発したのがそれだ。
優しさの欠片も含まれない呼び掛けに、しかし微かに頭を持ち上げたくいなは何も答えなかった。

視界に入れればいつでも嬉しげに相好を崩していた人間が、だ。犬の尻尾が付いていれば勢い良く振られているだろうと思うほど、普段から喜びの感情を惜しげもなく示してくるくいなの変化に、雲雀は僅かに眉間にしわを作る。


「…なに、君も機嫌が悪いの」


もしくは落ち込んでいるのかもしれない。何か小さな失敗を起こすと世界の終わりのような顔をして何度も頭を下げてくる姿を、今までにも何度か目にしたことはあった。
どちらにしろ自分には覚えのない、雲雀の理解の及ばない感情だ。処理の仕方も知らなければ、わざわざ手を差し伸べてやる謂われもない。

ただ、不遜な態度は気に入らなかった。
それが目的ではなかったとはいえ、折角助けに来てやったものに謝罪や感謝の言葉がないというのも、礼儀に反するのではないだろうか。
何かしら、文句の一言でも言ってやろうかと動かないくいなに近付いた雲雀は、すぐに眉間から力を抜くことになる。
垂れた前髪の間から僅かに見えたくいなの瞳が、申し訳なさそうに揺れていたのを見付けて。

そういえば、と漸くある事柄を思い出した。


「ねぇ」


良いと言うまで近付くなと、随分前に命令を下していた気がする。
何かと事件に巻き込まれ、忙しくしていたから頭から消え去っていたことだ。

まさか、自分がとっくに忘れていた命令を、今の今まで律儀に守り続けているのだろうか。
近付かないことが無理なら、せめて視界に入らないよう。煩わしく思われないように。

辿り着いた考えは馬鹿らしいものだったが、間違いであるとも思えず。居心地悪げに肩を縮こまらせるくいなから、雲雀は視線を逸らすと嘆息した。


「…もう良いよ」

「っ!」


まさかと思った答えが正解だったことは、勢い良く上げられた顔が視界に入ったことで判った。


「い、委員長…あの、面倒を掛けさせてしまって、すみません」

「本当に」

「はい…」

「君は、放っておいた方が面倒事を増やしそうだ」


忠犬か何かか。許しを得たと言わんばかりにその場から立ち上がったくいなを、雲雀が態々振り向くことはない。
返ってくる声がどれだけ弱々しくとも、気にかけてやる理由にはならない。


「すみません…委員長」

「そもそも、風紀委員でもないのに君のその呼び方もおかしいよね」

「えっ!…あ……」

「どうでもいいけど。用がないなら帰るよ。下校時刻はとっくに過ぎてる」


本来なら咬み殺しているところだとは、何故か付け加える気にはならなかった。そのまま、背を向けて歩き出す。
勝手に着いてくるのだろうと予想した通り、すぐに軽い足音を立てて隣に駆け寄ってきたくいなは、この上ない喜びを顔中に浮かべて、笑った。


「はい、雲雀さん!」


ざわりと、身体の奥底で知らない感覚が蠢く。
一瞬だけ瞠目した雲雀は、それでも、そのざわめきの名前を確かめる前に気に留めずに手放した。


20141027.

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