◎28
「…どうしましょう……僕達、はぐれちゃいました」
「とりあえず、今は雨にぬれずに済む場所を探そう」
巨大な生物の唸り声のような雷鳴を手で”はじいた”愛支は、こちらに手を差し出してくる。
差し出された手”だったもの”は、あっという間に”手”に戻った。
あのオーエンの回復速度を超えている。
その事実に少しだけ恐怖を感じながら、おずおずと顔を上げると、愛支は少しだけいつもと違う気がした。
いつものように穏やかに微笑んでいるのに、違和感を抱いてしまう。
こんなイレギュラーな状態で微笑んでいるからだろうか。
それとも、普段向けられたことのない”チリチリ”とした焼けるような視線だったからか。
結局、愛支は無言で手をつかんで、歩き出してしまった。
「あ、あの…愛支」
「心配しないで。先生は私が守るから」
嵐の谷と雨の街の間にある森に入った者が一向に戻ってこない。
その実態を調査するために、東と南の魔法使いが派遣されたのだった。
厄災の影響で森の磁場が狂っているのだろうと考えられ、その磁場さえ正常にしてしまえば、すぐに解決する難易度の低い任務だと思われた。
それなのに。
森に入ってすらいない段階で、ミチルと愛支は他の魔法使い達と分断された。
焦った顔でミチルの名前を呼んで、ミチルに手を伸ばしたフィガロとルチルを思い出す。
もう半日以上、森をさまよっている。
上空から探そうと試したが、上空に向かおうとした途端、周囲の木が天を覆ってしまうときた。
完全に閉じ込められている。
「フィガロ先生……兄様……」
なんとか涙をこらえるミチルを見た愛支は、無言でミチルの手を握る力を強くした。
「ねえ、先生。大丈夫だよ。私、普段はオーエンたちにやられちゃうこと多いけど。これでもそこそこ強いんだよ。それにほら、私、怪物だもん。ミチルがみんなと逢えるまで、何度だって戦えるよ」
愛支は微笑みながら、仕留めた熊の肉を調理したものを差し出してくる。
「…でも、僕…愛支さんが傷つくところ、もう見たくないですよ」
この熊は、ミチルを庇った愛支の頭蓋を一度割ったのだ。
愛支の意識が戻るまで、骨をかじる音を響かせて、この熊は彼女の肉をむさぼったのだ。
そんな肉を…食べられない。生理的に受け付けられない。
しかし、なかなか肉を受け取らないミチルを愛支は許さなかった。
「我儘言ったらダメだよ、先生。食べられるときに食べておかないと」
普段の声色のまま、有無を言わさずにミチルに肉を握らせる。
「私は嬉しかったよ?先生を守ることができて。だって、こうしてミチルを守れたんだから、私、まだ役に立つって証明できたってことでしょ?そうしたら、まだあの場所に居られるもんね?私、まだ捨てられずに済むもんね?」
………何かが致命的にかみ合っていないと思った。
ミチルはぎょっとして愛支の目を覗き込んで、気づく。
あの時、抱いた違和感の正体。
「……いいなあ。わかっていたけど。やっぱり、いいな。心配してもらえるんだね、君は。まあ、君はとてもとてもいい子だし、当たり前か。私は心配されたことがないからわからないけれど。でもやっぱり羨ましいな」
微笑みの下に隠れた強烈な嫉妬。
それが今、あふれ出ようとしている。
「…私にはもう、あの人しかいないのに。また、あの人は私じゃない別の人を見ているのね」
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