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「制服……よし、髪型も………大丈夫、ネクタイも曲がってない」


すっかり荷物が少なくなった自室の姿見に自分の姿を写して少女は上から順番に何度目か分からない確認をする。
まさか自分が着ることになるなんて思っても見なかった、『この辺り』では留まらないーーー全国的にも有名な中高一貫校"星藍学園"の制服に思わず顔がにやける。星藍学園と言えば本当に知能も 運動神経も何もかもが優れた人間しか入れないと聞く『超ハイスペック』が集うエリート校だ。
もちろんこの少女もそれを知るごく普通の一般人……のハズだった。
高校2年になる少し前の冬ーーー急に両親に告げられた『仕事で海外に行くことになった』と言う言葉。

まぁ仕方がない、と。自分も行くしかないか、と。
ある意味覚悟を決めた矢先に『星藍学園ここにツテがあるから、そこに転入しなさい。全寮制だから心配なく預けられる』と言われ、あれよあれよという間に手続きは進み、桜の咲く春と言うには少々遅い青々とした葉が桜の木を覆い尽くす今日からかの有名な星藍学園へ通うことになった。

事前にある程度の荷物は送ってある為今日は制服と通学鞄以外を忘れなければ問題ない。
両親は2日前に先に出立しており、最後に家に残ったのはこの少女ーーー神崎愛莉のみだ。

戸締りを今一度確認して階段を駆け下り、ローファーに足を入れる。こんこん、とつま先を地面に軽く叩く。
誰も居なくなった静かな家に向かって"いってきます"と告げ、鍵を回した。

家から少し離れたところにあるバス停から乗り換え無しで直行する直営バスに乗り込んで早15分程。正門前に降ろされ、大きい校門から先に広がる想像以上の大きさの学園とその敷地に思わず唖然としていた。バスの中はもちろん同じ制服を着た生徒しかいない。それに身を包むことでその中に違和感なく紛れ込んで居られているのが嬉しい反面、不安もある。

ただ成り行きでこんなエリート校に入ることになったものの、自分には特に秀でたものがある訳では無い。本当にただの『一般人』だ。誰かにジロジロ見られたわけでも、変な文句を付けられたわけでもないと言うのに目の前に広がる光景と、同じ制服を身に纏いながらどこか只者ではないような雰囲気を醸し出す生徒の姿に畏れ多い気持ちが徐々に心を満たして行く。


「…………」
「おーい」
「……………」
「大丈夫か?」
「……………!」


周りの人の声に紛れていた自分に向けられいる声に漸く気付く。それと同時にひょっこりと覗き込むようにして目の前に声の主の姿が現われた。反射的に変な声が出る。


「お、やっと気付いた。なんかぼけーっとしてるから何かあったのかと思って」
「あああ、いえ、すみません、大丈夫です!」
「いや、正直全然大丈夫そうに見えねーけど?」


思わず漏れた変な声に気恥しさが込み上げてきて上擦った声でそう言ったもののどうも逆効果だったらしい。困ったように笑うその人はーーーその男性は世間一般から『イケメン』の部類に属すだろうとハッキリ言える風貌だった。その部類の中をピラミッド型で分類するなら間違いなくてっぺんに近い。間違いなく。青味を帯びた黒髪から澄んだ青緑の瞳が覗き爽やかにはにかむ姿が様に『なり過ぎている』と言わざるを得ない。ネクタイの色からして恐らくひとつ年上なのだろう。
気付いた時には彼の姿に見蕩れてしまっており、また呆然としていた。くつくつと喉を鳴らして笑う彼の姿にまた現実に引き戻される。


「……本当に、大丈夫か?」
「ええと、その……み、見蕩れてました!」
「急に正直。そんないきなり取って食いやしないっつーか……見ない顔だなと思って」
「あ、今日から転入させて頂きます、神崎愛莉と申します!」
「転入……、あーー!話は聞いてる、今日からだったのか!」
話は聞いてる・・・・・・?」
「そ、近々1人転入生が来るってしゅん………今の生徒会長から聞いててさ」
「なるほど……」


『舜』と名前で呼べる仲なのだから多分彼とは同級生で自分にとっては先輩なのかな、と頭の片隅で想像する。なんてことを考えている最中目の前の『先輩』が不意に手を差出す。その意図が読めなかった愛莉は小首を傾げると、 『先輩』も心底不思議そうな表情を浮かべていた。


「行くんだろ?事務室」
「え、ああ、はい」
「じゃあこっち。案内する」
「ではこの手は…?」
「………、迷子にならないように?ここめちゃくちゃ広いから慣れるまで迷子になられたら探すの超大変だから」


『先輩』は愛莉が有無を言う間も与えず愛莉の手を取り迷いなく校門から先へ足を進める。決して歩くスピードが早いということはなく、寧ろ愛莉の歩くスピードに合わせているように感じた。 『初めまして』の状態でこんなことを卒無くスマートにこなせるこの『先輩』は相当出来る人なのだろうと思いはしたのだが、それよりも繋がれた手とこの2人の行く姿を見る他の生徒からの視線が痛い。
『先輩』は愛莉の手を引き歩きながらも、すれ違う友人や後輩からの挨拶にもきちんと返している。彼が慕われているのがよく分かる。

痛い程の視線を感じながら真っ直ぐ事務室の前まで連れてきて貰った。 中で挨拶をして、今日じゃなきゃ出来ない書類手続きを手早く済ませる。書類の確認を待っている間歩きながら見た校内を思い返す。事務室までの距離だったが確かに『先輩』の言った通りかなり広い。全体的に造りが似ていてこれといった目印があったりする訳でもなく慣れるまでは自分が『どの棟』の『どの階』の『何室』に居るのか分からなくなりそうだ。迷子になったら一巻の終わりのような気がして少しだけ不安になる。
担当してくれた事務員のひとりが書類の確認が済んだからと最後に寮の部屋の鍵を渡され、受け取り、お辞儀をしてから事務室を出た。
教室の場所は教えて貰ったし、多分大丈夫だろう。 多分。

なるべく音を立てないように事務室の扉を締める。振り返った先の少し離れた壁に寄りかかってスマートフォンを眺めていたのはあの『先輩』だった。何時間、と言う長時間ではないけれどずっと待っていたのだろうか。事務室から愛莉が出てきたことに気付くとスマートフォンを制服のポケットにしまって愛莉に歩み寄って来る。


「終わった?」
「ずっと待っててくれたんですか…?!」
「そりゃまあ、案内役買って出たわけだし。とりあえず2年の職員室まで送るわ。そこからは担任と代表に聞いて」


こっち、と指を指して『先輩』は歩き出した。さすがに校内だからか手を差し出されはしなかったけれど相変わらず歩くスピードは愛莉に合わせている。周りを見る余裕を持たせてくれているのかもしれないとちょっとだけ思い上がるようなことを考えてみる。
事務室からそう離れてはいない本校舎に足を踏み入れると、中ももちろん外見に見合った以上の西洋風の造りになっており、高級ホテルのような雰囲気すら感じる。創立からかなり経っているとは聞いているがそんな感じはまるでない。
人数も多いことから4階建ての本校舎は上から3年、2年、1年、1階にメインの職員室や保健室等共用のスペースが並んでいて、各学年のフロアにそれぞれの学年用の職員室が常設されている。事務室はその本校舎から十数メートル離れた別棟だった。
階段を上がって3階まで上り、職員室前まで行くと『先輩』はちょっと待ってろよ、と告げて中に入って行った。5分ほどで出てくると愛莉の前に立ち、閉めた職員室の扉を軽く指差す。


「今言ったからすぐ担任と代表が来ると思う。俺が出来る最初の案内はここまでな」
「忙しいのにありがとうございました!えと、み……水瀬先輩・・・・
「どういたしまして……って、あれ、そういや俺名前言ったっけ?」
「すれ違う生徒さんに名前呼ばれてたので…」
「あーなるほど、じゃあ正式には名乗ってねーな」


下の名前で呼ぶ人もいなかったわけではなく、愛莉はもちろんそれも分かった上でそう呼んだ。さすがに初対面で下の名前を呼ぶのは気が引けたのと、やっぱり他人の視線が気になって余計なことになりかねないものは口に出さないようにしようと密かな自衛に入り今に至る。


「知ってるっぽいけど一応ちゃんと名乗っておくわ。俺は高等部3年の水瀬玲央みなせれお。好きなように呼んでくれて構わないし、なんなら先輩後輩とか気にしなくてもいいんだけど……そこは任せる」
「は、はい!本当にありがとうございました!」


ぺこり、と軽く頭を下げて再度お礼を告げると『先輩』ーーーー玲央は"またな"、と優しく笑みを零して職員室のすぐ隣にある自らの学年のフロアに繋がる階段を上がって行った。姿が見えなくなる頃と殆ど同じぐらいのタイミングで、今回愛莉が転入することになるクラスの担任が職員室から姿を現し、後を追う。
少し早る鼓動は転入初日の緊張なんだ、と、自分に言い聞かせてその心を落ち着かせるように一度大きく深呼吸をした。
何があろうともここでやるしかないのだ、と誰にも見えないように意気込むガッツポーズをして、担任に呼ばれて愛莉は教室に足を踏み入れた。


軽くリズミカルな音を立てて黒板名前が書かれる。 教壇の上に立ち教室内に視線を巡らせると、エスカレーター式の学校故に途中転入をする生徒が物珍しいようでざわついていて、何人かと視線が合う。


「神崎愛莉と申します、両親の仕事の都合でこの学院に転入させて頂くことになりました!宜しくお願いします!」


本当はもっと長々とした自己紹介を含めた挨拶も考えていたのだが、緊張のせいか全部頭から吹っ飛んでとても簡単な挨拶しか出来ず頭を下げる。頭を下げた先からは歓迎の拍手聞こえていた。


「じゃあ早速席に。神崎の席は……窓側から2列目の空いてるところ」
「あ、はい!」


担任が指をさした席に視線を送る。1番後ろなのは正直有難い。空席の前には"こっちこっち"と場所を指差すひとりの女子生徒が居た。その両サイドにも視線を向けると向かって右側ーーー窓側の一番後ろに座る一際目立つひとりの男子生徒に思わず目が止まった。頬杖をついて外をぼんやりと見つめるその生徒は他の生徒とは対照的に彼らにとっては珍しい存在である『転入生』と言うものに全く興味がないように見えた。だがそんな反応以上に目を惹いたのは、陽の光を浴びて美しく煌めく白に近い銀色の髪と長い睫毛の下に隠れたハニーゴールドの瞳。正に『耽美』と言う言葉がよく似合う。その青年は一瞬愛莉にちらりと目を向けてすぐまた外に視線を向けた。
そこで愛莉は、はっと我に返り小走り気味で指定された席へと足を運ぶ。
この有名な制服を身に纏っているから、とかではなく純粋に『イケメン』と呼ばれる部類の人が多いように感じる。先程まで案内をしてくれたあの先輩を始め、隣の彼も。うっかり見蕩れてしまうのは良くないと密かに自分の心に言い聞かせた。

机にスクールバッグを置いて席に着くと前の席の女子生徒が身を右回りに反転させて軽く手を振られる。


「あたし、天宮灯あまみやあかり。灯でいいよ? よろしく」
「ありがとう、私も愛莉で大丈夫。よろしくお願いします」
「敬語とか要らないって〜同級生でしょ?色々聞いて!」


天宮灯、と名乗ったその女性はひらひらとまた軽く手を振って今日の日程やらなんやらを話す担任に気付かれないよう静かに身をまた戻した。笑った顔が可愛い、人懐っこい笑顔の子。ボブぐらいの長さの艶やかな栗色の髪がよく似合う。

その後ホームルームが終わって担任が教室から出ていくのと同時に『珍しい』転入生の元に人が集まったのは言うまでもない。





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