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それから当日までは妙に早く目まぐるしく過ぎて行った。宣言通り体格に見合ったドレスを拵えたエルネットだったが逆にサイズも何もかもがぴったり過ぎて恐ろしい。肩幅を隠すべくソフトチュールとドレスサテンを重ねて作った白のケープに、程よく光沢を持った淡い水色の同じくドレスサテンの身体のラインを強調させないふわふわとしたデザインながらもスカート部分の裾が内側に丸まったバルーンドレス。レースやらリボンがさり気なく飾られていて言わずもがな可愛いデザインである。パーティードレス故に丈は然程長くはないが、露出し過ぎず長過ぎずの一番大人っぽい丈と言えた。地毛に合わせたロングウィッグを被れば彼を知らない人から見てみれば他の女性と比べても背が高いだけで性別なんて疑わなそうなぐらいの変装ぶりだ。

廃った土地を立ち直らせた凄腕と言われる領主主催と言う事もあってパーティー会場は流石の広さで、豪華なシャンデリアが煌めく。そんな会場にはそれ相応の格好をした招待客が賑わっていて楽しそうな声が混じり合う。港町故に開いたガラス扉の目の前には海が広がりテラスからは優しい海風が吹く。


メインホール脇に常設されたメイクルームからお目当ての『恋人役』が出てきた際にアーネストの動きが一瞬止まったのは言うまでもなかった。


「…………うわー、お前、普通に居るな、こんな女性」
「煩い、全く褒められてる気はしません、そして褒めてたとしても何も出ません」
「すいません、本当に心の底から感謝してますので御手柔らかにお願いします…」


普段の隊服とは違って紺色のダブルボタンのジャケットを纏ったアーネストが、 妙にトゲがあるアレルの言葉に反射的に頭を下げる。彼が着ているのは俗に言う正装と言われるもの。階位によって若干装飾が変わっていくようで、既にホールに居るクレスは同じく紺色のダブルボタンのジャケットに左側だけのハーフケープ、そこに向かって右肩から肩装飾が伸び動く度に紐先のタッセルが揺れている。あとは腕章が付いているぐらいだろうか。
アレルはそんなクレスに視線を向けた後に今一度ホールの中を見渡し、小さく溜め息を吐き出す。


「ーーーーー、それで、本当の所・・・・はどうなの?」
「ほ、本当の所?」


基本、こう言ったパーティ系の者に招待された時必要最低限の人以外は会場内への武器関連の持ち込みは出来ない事が多い。だが今回は違っていた。普通の人から見てみれば腰に剣を下げていても格好を見れば警備関連の騎士だと思うだろうが、この会場に限っては『騎士としての正装以外の格好をした人』が何名か武器の類を隠し持っていた。見た目では判断しにくいが懐に隠せるサイズの拳銃や小型のナイフと言ったところだろうか。


「他の隊員が騎士団員としての正装ではなく一般招待客に紛れてる。僕達が見ればまあ何となく分かるけど普通の招待客なら隊員1人ひとりの顔なんて大して覚えてないだろうしね。そんな風にカモフラージュが必要な何か・・があるって君の恋人(偽)には見抜けないとでも?」
「………黙っててすいませんでした」
「本当に人のことなんだと思ってるの」
「返す言葉もございません!!!同期として鼻が高いです!!!」


まったく、と言いたげに大きく溜息を吐き出した。正式にはこのパーティーは騎士団と領主側が協力した上で成り立ったものらしい。最近この辺りで他国から持ち出した粗悪品を正規品より遥かに安い金額で売り捌いたり
、人を攫っては奴隷として他国に売り捌いたりとみすみす見逃すわけには行かない行動を取るグループは出入りしているようで、領主側でそのグループ自体の特定は概ね出来ているものの確固たる証拠を得ることが出来ない程に手が込んでおり、その証拠を得るべく日々奔走していたらしいが時間だけがあっという間に過ぎてしまっていた。粗悪品と言っても性能や品質は並以上で、港町故の繁盛に大きな影響を来すものが多い。それこそまだこの街で済んでいるが他に出回ってしまっては収集も付かないだろう。流石にこれ以上被害を出すわけにはいかないと騎士団に直接交渉した結果この催しが決まったのだとアーネストは話した。
彼女がいる、いないのくだりはパーティー開催の名目上設定ではなく本当にあった会話だったらしい。

ある意味関係のない立ち位置にいるエルネットに頼むことが出来ない理由が何となく分かって、また息を吐く。


「…どうにか上手いところ近付いて密売の証拠を見つけ出すか、この騒ぎっぷりを逆手に取ってターゲットを作らせて攫ってくところをその場で確保って言うのが最終目的ってところ?」
「大体そんな感じ。狙われてるのは殆ど若い女性だ。多分、高い値で売れるからだと思う。怪しまれないように俺の親族とか街の招待客とか、普通の招待客も中にはいるけどこの大半は騎士団こっち関係者だよ」
「………で、そのターゲットに近付く役・・・・が僕なわけね」
「………はい」
「この貸しはデカいからな」
「本っっ当に感謝してます……何でも買います奢ります」


深々と頭を下げるアーネストの姿は中々滑稽である。
そのターゲットはどれなの、と口にしながら辺りを見回した途端、視界に入り込んだ『ふたり』に思考が一瞬止まる。


「ちょっと!!!?」
「え、な、何?!?また何か気に障るようなこと…」
「なんでここに彼女達が居るんだよ!」


目線の先ーーー身の丈より遥かに大きいガラス張りの扉の前で話す二人組。リノと真琴だった。
二人が身に纏うのは先日着ていたエルネットがフルで作ったパーティードレスで、髪型もしっかりとセットされている。


「あぁ、えっと、こんな裏事情があるけどせっかくの機会だし純粋に楽しむ場がたまにはあってもいいかな〜とか、華が欲しかった、とか…」
「…………最悪」


一際大きな、本日何度目かも分からない溜息を吐き出して、小さく蹲る。立ち位置の都合上恐らくあちら側からこっちの姿は壁の影になって見えてはいないだろうが、ここから出れば気付かれるのも時間の問題かもしれない。
半ば強制とはいえ引き受けた以上手放す訳にもいかない。寧ろ無責任に手放すことが自分のポリシーに反した。


ーーーーよりによって、こんな仕事の時に。


青年はひとり、居た堪れない気持ちを抱え、できれば気付かれませんように、と願いながらホールへと足を踏み出した。





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