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止んだと思っていた雨は再び降り出し、地面に出来た水溜りに沢山の波紋が出来る。
真琴はアレルに言われた通りにクレスを探しに部屋を出たものの行く先行く先にクレスは居らず、"頭を冷やす"と言ったのだからと僅かな望みを掛けて外に繋がる渡り廊下を走る。

渡り廊下を出た先の広めのバルコニーの壁沿いに人影があった。
屋根がある訳では無いため、雨は容赦無く身体に打ち付けてくる事だろう。
流石にこんな雨の中に外で雨に打たれる人物など早々居ない。
人影で、それが探していた人物だと悟った真琴は急いで駆け寄る。


「クレス、こんな所に居たら…風邪引いちゃう…熱、折角下がったのに…また…」


濡れた髪はぺたりと頬にくっつき、雫を垂らす。
着ていたシャツも水を沢山含んだ所為か、身体のラインに沿うようにぺったりとくっついていた。

真琴の声に反応し視線だけを向ける。
何処を見ているのかも分からないような、冷たい目をしていた。
その目に真琴は一瞬怯むが、クレスは直ぐに視線を反らすと俯きながらぽつりと呟き始める。


「メーヌの村…、あそこは本当に俺の育った場所に似てたんだ…まだ"魔法"の概念が存在するだけ良いとは思うし、治安もそれなりって所だけど…」
「……」
「似てたから、って言うのよりも放っておけなかった。あいつらが俺の昔と重なって見えた。だから休みの度にあっちに行ってたんだ」


真琴は黙ってクレスの話を聞いた。


「イーリウムが襲われたのは俺が帰ってくる2、30分ぐらい前だった。メーヌが襲われたのは大体推測で見つけた日から3日程前の夕方…」
「……!それって…」


思い当たる節があった真琴は、中途半端ながらも言葉を紡ぐ。
それにクレスは小さく頷いた。


「頃合い的には、俺達が帰って間もなくだ」


はっきりとそう言い放つ。
真琴は知らされた真実に驚きを隠せずにいると、低い声でクレスは告げる。



「ーー俺はまた、繰り返したんだ」
「え…?」


クレスは唇を噛んだ。
力を込めた拳が小刻みに震える。

「俺はまた繰り返した!イーリウムの時も、メーヌの時も!あと少し早く帰っていれば、あと少し遅く帰っていれば……誰か一人でも助けられたかもしれない、今なら一人とは言わずに助けられたかもしれない…!」


悔しさが彼の中に渦を巻く。
ほんの少しの時間の差で招かれる結果が変わっていた。
そのほんの少しの時間が憎く、自分の不甲斐なさも憎い。

それに対して何度後悔したのだろうか。


「誰一人として守れない、何の為に……、俺は力を手に入れたんだよ…」


押し殺したような声は、虚しくも雨音と重なる。
悔しさから自分の感情の整理がつかなかった。
冷たい雨すらも感じない程に。


「……あの時…」
「?」
「あの時、私を"ノエル"って呼んだ…のは…」
「あの時はお前がノエルに見えたんだ。…と言うか、ノエルとなんとなく似てるんだよ」



幼い頃の記憶でしか無いが、どことなく真琴とノエルは似ているように見えていた。
それは初めて会った時からだった。
思い出さないようにしていたとは言え度々イーリウムのあった場所には赴いていたものの、幼い頃の記憶は次第に薄れて行く。
曖昧になった記憶を真琴がはっきりと思い出させたのである。


クレスはそう告げると申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。



「ごめん、死んだ奴と重ねて見てて…」
「……」



真琴は無言で首を振った。
ちくりと胸の奥が痛むのを感じ、目を伏せた。


「ノエルの事は、もう吹っ切れてる。会えないのも、好きだと伝えられないのも知ってる。だけど…、"あの日"の記憶は何年経っても…俺の中でずっと消えない傷跡のまま…」


クレスは儚げに、空を見上げて言った。
髪の毛から零れる雫は地面に落ち、雨が涙みたいに頬を伝う。

そんな彼の切なさに、また胸が痛んだ。


「傷跡が…中々消えないのは…、仕方がない事だよ。私も、ずっとそうだから…」
「お前も…?」
「私は、両親に捨てられたの。孤児院に引き取られて育った…でも…」


心の何処かでそれをずっと誰かに向かって問いかけていた。
何で置いて行ったのか、何で捨てたのか。
捨てるぐらいなら愛さなければいいのに。
生まれて来なければ、良かったのに。

そんな風に考えて毎日を過ごした。
気付けば傷跡はより一層深まり、逃げ道のない落とし穴に嵌っていた。

そしてついには、自ら命を絶とうとした。


「でもね、この世界に来て、みんなと会えて…自分でもはっきりとは分からないけど……変わった、気がするの」


きっとそんな願いを抱かなければ、"選者"に会うことも、この世界に来る事も、死を願う事すら無かったかもしれない。
こんな感覚を味わう事も無かった。

傷跡が出来たから、
その傷跡がなければ、
今の"自分"は居ない。


「だから…、クレスの傷跡は"今"のクレスを作ってる印だから…忘れる、とかじゃなくて…その…」


自分の言語力の低さを悔やんだ。伝えたい事があっても上手く言葉に表せない。口をもごもごと動かす。
悩むように目を閉じると、不意に身体が前に引き寄せられる。
驚いて目を開けた時には、真琴の身体はクレスの腕の中に綺麗に収まり、ぎゅっと優しく腕に力が篭った。



「ーーーー…ありがとう…」



小さな声で耳元で囁いた。


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